2017-06

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「Doll26」

ご無沙汰しております!
奥貫阿Qです。

一月を跨いで、二月にようやく更新できました…。
びっくりするほどの鈍足更新です(汗)

ちなみに、今回で「Doll」シリーズは、26回目の更新です。「Moon King」の中では最長のシリーズとなってしまいました。
恐らく第30回まで行きそうな感じですが、物語はようやく佳境です。
ひっさびさに、本当にひっさびさに登場する人物が出てきました。
約一年ぶりのセリフありの出番なので、温かく迎えてくれるとうれしいです。

それでは、今回も「◆」の下から本文が始まります。
よろしくお願いします。



「Doll26」
(byキリ)

あっくんの一撃で、宗教画のような、神聖だけど恐ろしい風景は一瞬で消え去った。
だが、代わりに現れた風景は、まさに地獄。
血の雨が降る、地の底だ。

「ミーナ…!」
「ああ…僕の馬鹿が…」

あっくんが横で頭を抱えるが、覆水盆に返らず、だ。
この血の雨の先に、多分ミーナはいた。
そうでなきゃ、あんな声が聞こえることはなかっただろう。
あの声の後に、この血の雨。多分ミーナは、無事じゃない。
心なしか、上の光も弱まった気がする。

「何てことだ…」
「…あっくん。過ぎたことを悔やんでも、仕方がないことだよ」
「でも…」

あなたのご友人でしょう?
少しだけ顔を上げ、視線だけを私に寄越す弟子は、そう言いたげな雰囲気だ。
私だって悲しい。でも、ミーナのこれまでの、そして今やっている仕事柄、「いつか万一のことがあるかも」、と、覚悟だけはしていた。
それに何より、まだすべてが終わったわけじゃない。だから、気を抜くような感情は持てない。帰ったら思う存分悲しむつもりだけれど。

「『でも』は無しだよ。悲しむのは後」

とうとう最後まで、自分の心に気付かず仕舞いの弟子だったけど、こいつはミーナのことが好きだった。
ショックでこいつまで暴走するのだけは防がなければ、と、私はあえて彼にきつく声をかけた。
今だって、いつのまにか、心ここに在らずって顔で、上を見ているし。

「あっくん聞いてる?」
「ええ…でも、あれは?」
「へ?」

答えになってない弟子の返事に、思わずつられて、弟子の視線を追ってしまった。
一体何が…。

「…あ」

雲…さっきよりも大分光が弱まった雲から、何かが落ちてくる。
黒っぽい影にしかみえなかったそれは、近づくにつれ、だんだん形を帯びてきた。
ボロボロと何かが剥離しながら、この穴の底までまで落ちてくる。
動物?猿?いや…。

「人だ!」

あれは、まぎれもない人間の形!
ユバナとレン、ここカザミでも見ない、金に近い髪の色も見えた!

「ミーナ!」

ボロボロと剥がれていってるのは、白いムースみたいなものだった。
どうやらあの雲、気体というよりはムース状の何かが集まって出来ていたらしい。
見たところ、血も殆ど見えず、ミーナはほぼ無傷のようだ。
そんなミーナは、更に信じられないことになった。

「あっ!」
「あっくん、あれ!」

何と、空中で体勢を立て直して、そのまま地面に着地した!
よかった!ミーナは生きてる!

「でも、あのミーナ、正気なのかなぁ…」
「…さぁ」

そこだけが気がかりだった。けど、とにかく生きて帰って来てくれたのは嬉しい。
上にあった雲もだいぶ薄くなって、状況はさっきよりも遥かにいい………と、思う。多分。
ミーナはどうなったのかにもよるけれど。

「…」
「あ」

こっちを見た。
確かにミーナ、こっちを見た。
前髪で目元が隠されてるけど。

「…キリ?」
「あ、ミーナだ」

何だか久しぶりにミーナの声を聞いた気がして、驚きすぎて思いっきり普通の声が出てしまった。
でも、油断はできない。
ミーナがミーナたるか、いくつか質問をしてみなければ。

「ミーナ、あんたどうしてここへ?」
「ねちっこい変態に付け回されて、しくじった」
「何であんなに暴れまわったのさ」
「頭に血が上った感じがあった」
「いつから」
「ごめん、思い出せない」
「ちなみに、何であんたって猟師なの」
「それが家業だったから」
「あっくんのこと、どう思う?」
「クッキー作りは、上手いかな、と…。なぁ、何でこんな質問を?」

ああ、このどーでも良さげな受け答え。
前半の仕事がらみのことはしっかりした受け答えだったのに、後半の私生活の及ぶ質問では、急に喋り方がダレた。
オンとオフの切り替えが急激すぎる、この女は。

「ミーナァ!オカエリィ!」
「うわっ!何だ気持ち悪っ!」

コンマ秒で走り寄って、コンマ秒で引っぺがされた。
ああ、この友を友と思わない、ぞんざいな扱い。
まさしくミーナだ。

「このやろう!」
「イデッ!」

引っぺがされた後、地面に叩き付けられた。
何この扱い。

「いたたた…。あれ?ミーナ、雰囲気変わった?」
「まさか。…いや、何か体が変だ。違和感がある。不安だから一応聞くけど、『さっきまで培養液的なものに浸かってたり、戦闘兵器的なものに組み込まれてたから全裸な状態』ってことになってないよな、私」
「培養液は知らないけど、今は長袖長ズボンの、暑苦しいまでの完全防備だよ」

そう一日に、何人もリンゴを食う前のアダムとイブ状態になった奴らを、見たくはない。

「…てゆうか、あんた今見えてないの?」
「ああ。瞼にべっとりと、何かがついている。」
「ふーん…」

どれどれ、と、覗き込んでみると、さっきのムース状のものが、瞼にくっついていた。

「目にムースがついてるよ。取るね」
「ああ」
「あっくん、突っ立ってないで、こっちおいで。ミーナは大丈夫そうだよ」
「え?ええ…」

やったことがやったことだから、傍に行きにくいんだろう。
やや戸惑いながらも、弟子はこちらへやってきた。

「あれ、キリさん。ミカの髪の色、やけに明るくありません?」
「まさか。光の加減でしょ」
「いや。それにしても明るすぎますよ。もう完璧なブロンドに…」
「ちょっと黙って。集中できない」

弟子の声を遮って、私は手元に集中する。
案外べとついて取りにくい。
仕方がない。
私は服の汚れが少ないとこで、丁寧に瞼からムースをとってやった。

「ようやく取れたよ。…ミーナ、目を開けていいよ。ゆっくりね」
「んん」

唸るようにそう言うと、ミーナはゆっくりゆっくり目を開けていった。
そこには、見慣れたブラウンの目が、

「…え?」

なかった。
代わりにあったのは、青い目。
アイ兄さんと同じ、人工的な青色をした目だ。

「…ミーナ。目がヤバいことになってるよ。アイ兄さんと同じ色だ」
「…ああ?」
「いや、ホントだよ。視力に問題はないかもしれないけど、あんたの目の色が変わっちゃってる」
「ああ…。違和感の正体は、これか…」

随分とミーナは冷静だった。
その時、丁度太陽に雲がかかり、日の光が遮られた。
もう偽の雲も、偽の光も何もない。せいぜい穴の縁にムースが残る程度になった上空。
そんな薄暗い空間の中でも、ミーナの髪の色はやけに明るかった。

「…凄い。プラチナブロンドなんて、私初めて見たよ」
「…髪の色まで、変わってるのか」

さらさらと、やっぱり随分と冷静に、ミーナは自分の髪を梳いた。
あっくんに至っては、驚きすぎて声すら出していないのに。

「髪は予想外だったな。…目は、いつか本来の色に戻るって、知っていたけど」
「え、ミーナ昔は青い目をしてたの?」
「いや。生まれた時からブラウンだったさ。ただ、いつか自分の正体を思い出した時、本来の色に戻るってことになっていた。さっき、思い出した」
「…うん?」

今、何と?

「上から落ちている途中で、意識が戻った。その時、やっと思い出したんだ。私の正体を」
「…ミーナ…?」

ミーナ、まさかまだ、元に戻っていないのか?

「キリ、何か疑ってるでしょ」
「まあ、そんな変なことを言われちゃあね…」
「ふーん。…ま、アイのアホが、色々言ったんだな。でも、ある意味それ、間違ってるかも」
「へ?」

分からん。
立て続けに、訳が分からん。
こいつが今からヤバいことするってこと以外に、何もわからん。

「兵器が素直に役目を全うして、その場にいる人間、住む生物の状態も加味せずに戦い尽くしたら、拙いってことだよ」
「…つまり?」

ハテナマークが浮かぶ私の横で、弟子がようやく口を開いた。

「私の仕事は私自身が決める。「Doll26」
(byキリ)

あっくんの一撃で、宗教画のような、神聖だけど恐ろしい風景は一瞬で消え去った。
だが、代わりに現れた風景は、まさに地獄。
血の雨が降る、地の底だ。

「ミーナ…!」
「ああ…僕の馬鹿が…」

あっくんが横で頭を抱えるが、覆水盆に返らず、だ。
この血の雨の先に、多分ミーナはいた。
そうでなきゃ、あんな声が聞こえることはなかっただろう。
あの声の後に、この血の雨。多分ミーナは、無事じゃない。
心なしか、上の光も弱まった気がする。

「何てことだ…」
「…あっくん。過ぎたことを悔やんでも、仕方がないことだよ」
「でも…」

あなたのご友人でしょう?
少しだけ顔を上げ、視線だけを私に寄越す弟子は、そう言いたげな雰囲気だ。
私だって悲しい。でも、ミーナのこれまでの、そして今やっている仕事柄、「いつか万一のことがあるかも」、と、覚悟だけはしていた。
それに何より、まだすべてが終わったわけじゃない。だから、気を抜くような感情は持てない。帰ったら思う存分悲しむつもりだけれど。

「『でも』は無しだよ。悲しむのは後」

とうとう最後まで、自分の心に気付かず仕舞いの弟子だったけど、こいつはミーナのことが好きだった。
ショックでこいつまで暴走するのだけは防がなければ、と、私はあえて彼にきつく声をかけた。
今だって、いつのまにか、心ここに在らずって顔で、上を見ているし。

「あっくん聞いてる?」
「ええ…でも、あれは?」
「へ?」

答えになってない弟子の返事に、思わずつられて、弟子の視線を追ってしまった。
一体何が…。

「…あ」

雲…さっきよりも大分光が弱まった雲から、何かが落ちてくる。
黒っぽい影にしかみえなかったそれは、近づくにつれ、だんだん形を帯びてきた。
ボロボロと何かが剥離しながら、この穴の底までまで落ちてくる。
動物?猿?いや…。

「人だ!」

あれは、まぎれもない人間の形!
ユバナとレン、ここカザミでも見ない、金に近い髪の色も見えた!

「ミーナ!」

ボロボロと剥がれていってるのは、白いムースみたいなものだった。
どうやらあの雲、気体というよりはムース状の何かが集まって出来ていたらしい。
見たところ、血も殆ど見えず、ミーナはほぼ無傷のようだ。
そんなミーナは、更に信じられないことになった。

「あっ!」
「あっくん、あれ!」

何と、空中で体勢を立て直して、そのまま地面に着地した!
よかった!ミーナは生きてる!

「でも、あのミーナ、正気なのかなぁ…」
「…さぁ」

そこだけが気がかりだった。けど、とにかく生きて帰って来てくれたのは嬉しい。
上にあった雲もだいぶ薄くなって、状況はさっきよりも遥かにいい………と、思う。多分。
ミーナはどうなったのかにもよるけれど。

「…」
「あ」

こっちを見た。
確かにミーナ、こっちを見た。
前髪で目元が隠されてるけど。

「…キリ?」
「あ、ミーナだ」

何だか久しぶりにミーナの声を聞いた気がして、驚きすぎて思いっきり普通の声が出てしまった。
でも、油断はできない。
ミーナがミーナたるか、いくつか質問をしてみなければ。

「ミーナ、あんたどうしてここへ?」
「ねちっこい変態に付け回されて、しくじった」
「何であんなに暴れまわったのさ」
「頭に血が上った感じがあった」
「いつから」
「ごめん、思い出せない」
「ちなみに、何であんたって猟師なの」
「それが家業だったから」
「あっくんのこと、どう思う?」
「クッキー作りは、上手いかな、と…。なぁ、何でこんな質問を?」

ああ、このどーでも良さげな受け答え。
前半の仕事がらみのことはしっかりした受け答えだったのに、後半の私生活の及ぶ質問では、急に喋り方がダレた。
オンとオフの切り替えが急激すぎる、この女は。

「ミーナァ!オカエリィ!」
「うわっ!何だ気持ち悪っ!」

コンマ秒で走り寄って、コンマ秒で引っぺがされた。
ああ、この友を友と思わない、ぞんざいな扱い。
まさしくミーナだ。

「このやろう!」
「イデッ!」

引っぺがされた後、地面に叩き付けられた。
何この扱い。

「いたたた…。あれ?ミーナ、雰囲気変わった?」
「まさか。…いや、何か体が変だ。違和感がある。不安だから一応聞くけど、『さっきまで培養液的なものに浸かってたり、戦闘兵器的なものに組み込まれてたから全裸な状態』ってことになってないよな、私」
「培養液は知らないけど、今は長袖長ズボンの、暑苦しいまでの完全防備だよ」

そう一日に、何人もリンゴを食う前のアダムとイブ状態になった奴らを、見たくはない。

「…てゆうか、あんた今見えてないの?」
「ああ。瞼にべっとりと、何かがついている。」
「ふーん…」

どれどれ、と、覗き込んでみると、さっきのムース状のものが、瞼にくっついていた。

「目にムースがついてるよ。取るね」
「ああ」
「あっくん、突っ立ってないで、こっちおいで。ミーナは大丈夫そうだよ」
「え?ええ…」

やったことがやったことだから、傍に行きにくいんだろう。
やや戸惑いながらも、弟子はこちらへやってきた。

「あれ、キリさん。ミカの髪の色、やけに明るくありません?」
「まさか。光の加減でしょ」
「いや。それにしても明るすぎますよ。もう完璧なブロンドに…」
「ちょっと黙って。集中できない」

弟子の声を遮って、私は手元に集中する。
案外べとついて取りにくい。
仕方がない。
私は服の汚れが少ないとこで、丁寧に瞼からムースをとってやった。

「ようやく取れたよ。…ミーナ、目を開けていいよ。ゆっくりね」
「んん」

唸るようにそう言うと、ミーナはゆっくりゆっくり目を開けていった。
そこには、見慣れたブラウンの目が、

「…え?」

なかった。
代わりにあったのは、青い目。
アイ兄さんと同じ、人工的な青色をした目だ。

「…ミーナ。目がヤバいことになってるよ。アイ兄さんと同じ色だ」
「…ああ?」
「いや、ホントだよ。視力に問題はないかもしれないけど、あんたの目の色が変わっちゃってる」
「ああ…。違和感の正体は、これか…」

随分とミーナは冷静だった。
その時、丁度太陽に雲がかかり、日の光が遮られた。
もう偽の雲も、偽の光も何もない。せいぜい穴の縁にムースが残る程度になった上空。
そんな薄暗い空間の中でも、ミーナの髪の色はやけに明るかった。

「…凄い。プラチナブロンドなんて、私初めて見たよ」
「…髪の色まで、変わってるのか」

さらさらと、やっぱり随分と冷静に、ミーナは自分の髪を梳いた。
あっくんに至っては、驚きすぎて声すら出していないのに。

「髪は予想外だったな。…目は、いつか本来の色に戻るって、知っていたけど」
「え、ミーナ昔は青い目をしてたの?」
「いや。生まれた時からブラウンだったさ。ただ、いつか自分の正体を思い出した時、本来の色に戻るってことになっていた。さっき、思い出した」
「…うん?」

今、何と?

「上から落ちている途中で、意識が戻った。その時、やっと思い出したんだ。私の正体を」
「…ミーナ…?」

ミーナ、まさかまだ、元に戻っていないのか?

「キリ、何か疑ってるでしょ」
「まあ、そんな変なことを言われちゃあね…」
「ふーん。…ま、アイのアホが、色々言ったんだな。でも、ある意味それ、間違ってるかも」
「へ?」

分からん。
立て続けに、訳が分からん。
こいつが今からヤバいことするってこと以外に、何もわからん。

「兵器が素直に役目を全うして、その場にいる人間、住む生物の状態も加味せずに戦い尽くしたら、拙いってことだよ」
「…つまり?」

ハテナマークが浮かぶ私の横で、弟子がようやく口を開いた。

「私の仕事は私自身が決める。元々のプログラムなんて、どうとでも変わるんだから」



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約一年ぶりの「大原くん」(小説)

こんにちは(或いはこんばんは)。
昨日ぶりの奥貫です。

日を跨いでの連続更新となりましたが、昨晩、思いがけず新作が書けたので更新いたします。
書いたのは、「大原くん」の続編です。
約一年ぶりの続編ですね(´ω`;)
あの時は旅館でこの話が生まれたんだなぁ、と思うと、何だか懐かしいです(汗)

今回は(無茶な)恋物語ではなく、大原くんのご家族がほんの少し出てくる程度です。
続々編は…多分ないかもしれないですが、書けそうなら、また書いてみる所存です。

それでは、約一年ぶりの「大原くん」を、どうか見てやってくださいm(₋ ₋)m
前回の内容確認用に、一応一話も併せて載せてあります。



【大原くん】

「おっはよーうございます!」
「…お、」
朝っぱらから元気だな。声のでかい人。
もとい、
「大原でっす!」
「知ってるよ。大原君、タイムカードは」
「うちです!」
何故だ。
そして事務所の扉はどこへ行った。
大原くんが入って来てから、見当たらないんだが。
「大原の奴、また扉壊して入ってきたのか…」
「今月で何回目だ?」
「六回目。新記録」
「ただ馬鹿で声がでかいならまだ許せるけど、大原の体格じゃあなぁ…」
私はよく彼から忘れ物・取引先の名前のど忘れ等で電話を受けるため、大原君と同じ営業部の人達の会話が、耳に痛い。しかし、言い分はよくわかる。
なぜなら、大原くんはデカい。声だけに限らず、背までぐーんと高いのだ。
その身長、約190センチメートル。
成人男性でさえも見上げるような背の高さなのである。
その背の高さで扉を破壊された日にゃ、愚痴の一つ二つ三つは出てきてしまうだろう。
誰に対しても朗らかで、何だかんだで営業成績もいいんだから、もっと会社内でもびしっと決めればいいのになぁ。
「タイムカードよりも大切なのは、社員という人材でしょう!課長!」
「私は部長だ!」
…件の大原くんは、上司の注意も同僚の陰口も気にしない性質なのだが。
とりあえず部長、お疲れ様です。



「いやぁ、ごめんねぇ、美緒ちゃん。俺また資料をどっかにやっちゃって」
「正確には、どっかじゃなくって鞄の中、ね。大原くんの。探しもせずに無くしたと思い込んで、営業先にも寄らず帰ってくるってどういうこと」
今の時刻は午後五時過ぎ。私は退社時間になってもまだ帰れなかった。
原因は、件の彼。
「今日は行けないって、ちゃんと連絡入れたからOKでしょ!」
「よくない」
もしこれが重要な書類とかだったらどうするんだろう。
万が一不手際が起これば、社の信用はがた落ち。大して大きくもないこの会社は、あっさりつぶれてしまうだろう。
「いやあ、それでもきっと大丈夫。俺一人がミスっても、会社は潰れないよ」
「…は?」
どういうことだ。
万が一ミスが起きても、名が穢れるのは会社の方。自分には関係ないとでも?
「や、や、そんな怖い顔しないで」
私より30センチもデカいくせに、小型犬に吠えられてる大型犬並みのビビり様を見せる大原くん。手なり首なりを振って、必死に機嫌を取ろうとするなんて。
大胆不敵なことを言ったくせに肝が小さいな、と、半ば軽蔑して、私は彼を見返した。
すると。
「うーん…そうだなぁ。美緒ちゃんに、分かりやすく説明するとすると~…」
「…」
何てことだろう。この男、全く応えてない。それどころか、私が話の内容を理解してないと思って、何やら説明をしだそうとしてる。
意外だ。そして、新鮮だ。
車内で真面目な大原くんが見られるだなんて、明日は雪か。
その真面目そうな顔をして、いったい何を言い出すというのか。
「…うん。さっくり言うとすれば、船みたいなもんかなぁ。会社って、俺達営業や、俺達を管理する総合職の人達、そんで、俺達をサポートしてくれる、君達営業事務のコ達がいるだろ?それってまるで、船のようじゃない。営業…つまり、船を進める力を作るオール一本がダメになれば、それを補う仕組みがちゃんとある。そうでなきゃ、船は進まないものね」
「…つまり?」
「つまり、俺が万が一ミスしても、補ってくれる存在がいてくれるっていうこと。その人がいるからこそ、俺は安心して仕事に行けるんだよ」
「…ふーん」
成る程。大原くんの言い分は、よくわかったよ。
「でも大原くん、よく電話かけてくるじゃない。万が一、どころか、けっこうミスが発生する確率は高いんじゃない?」
「あー、うん」
そうだ。大原くんにとって、私は所詮、こういう存在なんだ。
大原くんはまたわたわたと機嫌を取ろうとしてくるが、知らない。それよりも、気付いてしまってことが思いのほかショックなんだ。
私は思わずうつむいて、言葉を続けた。
「どうせ私も、会社の中の一人って感覚なんでしょ。所詮は私も船を動かす部品。それも、外に出てないし、婚期が来たら挿げ替えられる、代わりのきく部品ってこと。せいぜい時期が来るまで、がっつり利用すればいいよ」
「いや!いやいや!それは違うよ!」
相も変わらず、どこか軽い口調の大原くんの声。
まさか、こんな話の最中でも笑っているのだろうか。
「ただの会社の人とは、思ったことないよ。ましてや、代わりがきくとも」
…何だって?
相も変わらず軽い口調で、何か大事なことを言われた気がした。
もう一度聞こうと顔をあげてみても、大原くんはただただ、へらへらにこにこしているだけだ。
どこをどうみても、ただの朗らかなアホにしか見えない彼を見て、私はすっかり聞く気が失せてしまった。


(事務所のドアの向こうにて)

「大原君…お前、何一つ気付かれちゃいないぞ。とはいっても、お前もアホだから、気付かれてないことに気付いていないのか…」



【大原くん2】
~大原くんと、その家族~

「うーん…」
謎だ。謎すぎる。
ある日のお昼休み。私は会社の前のベンチに腰掛けながら、もそもそとお昼ご飯を食べていた。
本日、大原くんは、有給を取ってお休みだ。
何でも家の都合で、どうしても外せない用事があるらしい。
そんな日だからこそ、のんきに考えられることなのだが。
「大原くんを生んだ、大原くんのご家族って…」
この謎である。
普段は大原くんによる電話攻撃…もちろん、迷惑電話とかじゃない。職務に係る、でも、「書類忘れた!」とか、「ここはどこですか!?」など、圧倒的に腹が立つ内容の電話が、休みなく私に降りかかってくる。
それがない分、どうしても手隙になり、ぼんやりと考えてしまうのが、相棒・大原某の謎だ。
ああ、そういえば私、大原くんの下の名前も知らないや。
「大原くんて、一体何者なんだろう…」
「その謎にお答えしましょうか?」
「お願いします…うん?」
うん?誰の声だ、これ。
「大原でっす!」
「うおっ!?」
ベンチから落ちるんじゃないかってくらい、体がつんのめった。
怖い。突然の大声って、こんなにも怖い。
「あなたの大原でっす!」
「大原くん!?今日はお休みでしょ!?何でいるの!てゆうか私の大原くんって何!?どういうこと!?」
「人にお尻向けたまま話すだなんて…」
「突然大声出すからでしょ!?ったくもう!」
そもそも、私が彼に向けているのはお尻じゃない。背中のはずである。
そう思いながらも、これじゃあなかなか本題に入れないな、と思った。ここは一つ、私が大人になるべきだろう。
「やれやれ…」
ため息をつきながら、私は後ろを見た。
うん。この巨人っぷり。間違いなく大原くんだ。
「それで、何でここにいるの?」
「うん。今日は母さんの法事だったんだけどね。暇だったから抜け出してきたんだ」
「…え?」
法事?
「お母さん、お亡くなりになってたんだ…」
「うん。俺が小さいころにね。今日は…ええと、何回忌だったっけ?」
指を折って数える大原くん。折られる指の本数から、彼は随分前にお母さんを亡くしているのだと知った。
「…苦労、してきたの?父子家庭?」
「あはは、そこそこね。父子家庭だよ。俺と、父さんと姉さん」
「…お姉さんがいるの。お母さんの代わりに、ご苦労されたんだろうなぁ…」
思わぬ大原くんの過去。思わぬ、大原くんのご家族。
私は大原くんと、恐らく、大原くんのお母さん代わりになったであろうお姉さんを思い、ため息をついた。
社会人になってまだ年が浅い私は、節約のために毎日お弁当持参で働いている。
早起きしてお弁当を作るだけでもしんどいのに、子供がそれを日に三回、それ以外の家事も含めてこなすだなんて…。苦労が多かったことだろう。
大原くんも、お姉さんの苦労した背中を見て育ったに違いない。
無理でなければ、彼からもっと話が聞きたい。そう思い、私はもう一度、大原くんの顔を見た。
…おや?
「うーん…苦労…姉さんの苦労、かぁ…」
「お、大原くん?」
ぶつぶつと、大原くんにしては珍しい、しかめっ面で何かを呟いている。
ちょっとちょっと。大原くんどうしたの。
「美緒ちゃん。ちょっと待ってね」
「…うん」
目の前で手帳を出し、さらさらっと何かを書き留めた大原くん。
書いたものはビリッと手帳から切り離され、私に差し出された。
「詳しくは言えないけど、これ、姉さんの『苦労』に関わるであろう単語。若干父さんのも入ってるかな。それ以上は、言えないかも」
「はぁ…?」
何が何だか分からない。
けど、渡されたんだから、もらっておこうかな。
「じゃあね、美緒ちゃん。また会社で。俺もう行かなきゃ」
「?うん。またね」
ぱたぱたと手を振りながら去っていく大原くん。会社の前の大通りに出て、そのまま戻るのだろうか。
どうでもいいけど、今その大通りにはリムジンが止まってるからね。変ないたずらしないで帰ってよ。
「…うん?」
…変だ。私の目が悪くなければ、大原くん、あのリムジンに乗ったように見えたんだけど。
大原くんの姿はもうないし、リムジンは発車しちゃったから、中に誰が、ましてや大原くんが乗ったかどうかだなんて、確認はできない。
「うんん…?」
色々納得できないけど、お昼休みももう終わりそうだ。
そろそろ戻らねば。
私はお弁当をかき込み、もらったメモを畳んでポケットに。
…いや。畳んで、お弁当箱の中にしまい込み、誰にも見られないようにした。
だって、ちらっと見えた単語が、あまりにも怖すぎる。
「ハーバードならまだしも、海兵隊とかグリーンベレーとか何なの…」
確か、アメリカの軍事関係の組織の名前だったと思う。他にも、映画の世界でしか見たことがない組織の名前が、ちらほらと。
つまり、このメモから言い切れるのは、こういうことだろうか。
「大原家って、エリートで金持ち…?」
とにかく、このメモはどこかで焼却処分である。
まるで女スパイになったかのような心持で、私は社内へと戻った。

「どおどお?姉さん。あの子、いい子でしょ?」
「今運転中だから、話しかけないで。ただでさえ車体が長過ぎて怖いんだから…」
「あはは。ダックスフントみたいだよねぇ。父さんの趣味って、ホント意味わかんないわぁ…」

「Doll」24話、25話

「Dol24」
(byキリ)

「ギョオー…」
「だっから、悪かったって。見殺しにしようとしてさ」
「キリさん。気持ちがこもってない謝罪ほど、嫌なものってありませんよ」
「…」

あっくんがうるさいけど、何にせよ、悪いことをしたら誤るというのが礼儀だ。
翼をちょっと出したら、あとは自力で脱出できたオオトリに向かって、私は詫びる。
まぁ、殺されかけたとあって、何となく、「ホントにぃ?ボクそれ信じてもいいわけ?」って顔してるけど。

「信じようが信じまいが、とりあえず納得してよ。あんたって、生きてる限りは役に立つし。これからも利用できるし」
「ちょっと。この期に及んで吹っ切れて、『利用する』発言はマズイでしょ」
「あっくん、シャラップ」

心なしか、オオトリもウルウルしてるようだけど、知ったこっちゃない。
本当は、こいつを慰める時間さえ惜しいくらいなんだ。

「それよかさ、あっくん。オオトリを慰める役代わってくんない?私、ミーナ探してくる」
「やですよ。そもそもこれ、元々力づくな作戦なんでしょ?僕が行くのが筋です」
「それこそやだイ。オオトリ、ねちっこいくらい立ち直りおっせーんだもん。もうめんどくせぇ。ミーナ探す方が楽」
「ウワ。また嫌な本音出したよ」

大袈裟に嫌な顔を作ったあっくんが、これまた大袈裟に私から引く姿勢を取った。
こいつはこいつでねちっこいよな、とは思うが、それは置いといて。

「とにかく代わって」
「やです」
「代われ」
「やです」
「師匠命令」
「どの面下げて…」
「この面だよ!」
「あのぉ…」
「「あン?」」

また弟子に手が出かけた時、あっくんでも私でもない声が割り込んできやがった。
どこのどいつだ、と、きょろきょろすれば、私達のすぐ横に、陰気なメガネ。ただし、アイ兄さん以外の。

「うげ。リヒト」
「生きてたのか、テメェ」

言い争いは一時休戦。小生意気な弟子とタッグを組んで睨んでやるが、奴は何故か逃げない。
助かったんなら、もう帰れよ。家壊れたけど。壊したの私らの仲間だけど。

「お二人とも、M0.5(エムハーフ)は何処に…?」
「んなもん知らんし。私らも探しに行くとこだよ」
「僕らはともかく、お前は探したところでどうこう出来ねぇだろが。邪魔だからどっかいけ」

あっくんがシッシッと手を振っても、奴はなかなか出ていこうとしない。
何か言いたげに、こっちを見てる。

「あ。まだこいつ諦めきれねぇって顔してる。あっくん、上の穴まで放り投げちゃって」
「ラジャ」
「ま、待って!待ってくれ!」

あっくんが手を伸ばしかけた途端、奴は両手を前に出し、ストップをかけてきた。

「諦めきれるわけがない!あいつがいなけりゃ、妹は一生不自由な体なんだ!」
「まだ言ってるよ、この阿呆は」
「何度だって言う!!」

私達が呆れたかおになってるのにも関わらず、この男は全然引き下がらない。
それどころか、頼んでもいないのに、過去の話をしだした。

「あの子は元々体が弱かった。その上、どういう訳か…ある日突然、妙なものが視界に写ると言い出したんだ。風もないのに勝手に動く水やら、空飛ぶ銀色の鳥やら…。それらは全部幻だと言い聞かせたが、妹は納得しないまま、衰弱していったよ」
「ん。で?」
「妹が見ているものが、俺が発見した人工的な生物の仲間だって分かったのは、彼女が弱り切ったころだった。幸い、その頃には、妹を機械化する準備は整ってたから、こうして不完全だけれども健康な体を与えることもできた。今に至っては、妹の生きてる片目を使って、以前から調べてたM0.5を手に入れることもできた。…あと、少しなんだよ。M0.5さえいれば、妹は完璧に健康な体になる。M0.5をおびき寄せるため、幻を見る目だけは生身のものだけど、完璧な体さえできれば、その目さえいらなくなる。俺は何としてでも、妹を健康な体にし、普通の人間には見えないものにもおびえる必要がない、『普通』の生活を送らせてやりたいんだよ!今まで不自由だった分な!」
「…驚いたね」
「ええ。驚きです」

こいつの独白を聞く限り、マッドサイエンティストを気取ってる割には、案外普通な男だった。
発想は色々ヤバいし、ミーナを渡す気なんてさらさらないけど、その本質は、妹を気遣う、兄のソレだ。

「だから、M0.5をくれ。あいつはただのモノだし、今まで好き勝手やってきたんだろ?」
「それは無理。私らにとっちゃミーナは仲間だし、友人だ。それに、『好き勝手』とは程遠い世界で、今まで生きてきた。…どうしても欲しけりゃ、ミーナを正気に戻したうえで、直談判するんだね」
「え…」

そこまで言うと、リヒトの顔は青ざめた。正気の時のミーナに、すでにやられた後だったようだ。
ミーナ、言えば分かってくれる、いい奴なんだけどなぁ。体をくれるかどうかは別として。

「あ、キリさん」
「何さ。あっくん」
「上、見てください」
「はぁ?」

あっくんに言われて、上を見た。
…うん。何ていうか…。どういう状況なんだろう。
私達はさっきまで、確かに、上に何もない状態で話をしていたはず。天気は晴れ。ちょうど良い明るさだ。
それがどうだ。今、私達の「真上」に雲がわき、雲の隙間から燦々と、快晴の空に負けないほどの光が降り注いでいる。
繰り返して言う。雲がわいてきたのは「空」ではなく、私達の「真上」。
つまり、地上にぽっかり空い穴を雲が多い尽くし、地価の部屋に光をこぼしているのだ。
光源は、太陽ではない何か。大体の予想はつくけれども。

「…いましたねぇ」
「…うん」

まさに、人を断罪するために降りてきた、天使。
それを描いた宗教画のような風景ができあがっていた。




「Doll25」
(byキリ)

「ハハ…参ったねえ、リヒト。直談判どころじゃあないや」

残念なことに、断罪されるのはリヒトだけじゃない。ここにいる限り、私達もやられてしまうことだろう。
最早、乾いた笑いしか出なかった。

「キリさん。口元と同時に膝も笑わせるなんて、器用ですね」
「…そう言うあっくんは、どうとも思わないの」
「何かもう、さっきから信じられないことばっか起こってるので。逆に肝が据わりましたよ」
「そう…」

すげぇ。何かしらんが、弟子がすげぇ。
もうあんた、度胸の面では免許皆伝だよ。

「弟子がそうなら、師匠である私も肝を据えなきゃあね」
「据わってなかったんですか?ここまで来たのに?」
「ンぐ…ッ!」

どこまでいっても弟子が生意気だ!
てゆうか、恋をして強くなったよな、お前!
…って、言いたいけど、そういう場合じゃないよな。ここは。

「…まあ、それはそれとして。今はさっさと、ミーナをどうにかしようや」
「ですねぇ」

私と弟子。二人して偽物の雲と、偽物の光を睨みつけた。
あの雲の向こう。いったいどんな姿が潜んでるんだか知らないが、雲と、強めの光を姿を隠してるってことは…。

「恐らく、どうしても目くらまししたいんですかね」
「多分。今のミーナ、本体自体はガードが弱いのかも」

なら、車輪の時よか倒しやすいかもしれない。
光による目くらましと、熱さ対策さえできれば。



(byシンタ)

「うわぁおッ!?」

何すか!何すか!?と叫ぶ間もなく、ミラちゃんの家があったところから、モクモクと雲が湧きだしてきた!
どうも家の跡地に穴があるらしい、というのが分かる距離にきたってぇのに、まさかの事態だ!

「臭いは…ないっすねェ。無臭っす。見た感じ、まんま雲だ。雲自体に害はなさそうっすね」
「でも油断はできないね…」
「穴に飛び込むのを迷う時間もなさそうっすよ…」

何たって、さっきからこの雲、ビカビカ光ってるし。
まさかとは思うけど、この下で雷でも落ちてるんじゃないかと思う。

「色々、ヤバくないっすか…?」
「…確かに」
「…こりゃあもう、腹を決めるしかないっす…」

最悪、雷に感電して死ぬか、落ちて骨を折って死ぬかしかないような気もする。
だけど、この下には、愛しい愛しい元上司が。
そして、腕の中にいる可愛い可愛い女の子のお兄さんもいる。

「…飛びましょう。最悪俺が死んだら、後は任せるっす」
「え…一人でできるかなぁ…」
「なぁに。こんだけの騒ぎになってんだから、きっと中にはすでに、自警団の皆さんもいるはずっす。あなたは一人じゃない。すでに味方がスタンバッてる状態っすよ!」

にっ、と俺が笑ってみせると、ようやくミラちゃんが笑ってくれた。

「んじゃ、行きます。大きくジャンプするんで、しっかり捕まって!」
「はい!」

待っててください、准尉殿!俺が今行きます!
愛しい愛しい、尊敬できる元上司に心の中で呼びかけながら、俺は飛んだ!



(byキリ)

「ここへきて、このたっくさんの粉塵が役立ちそうだねぇ、弟子」
「そうですね。…でも、どうやって使います?」
「これだよ」

未だに宙をにらむ弟子に、私は、その辺に転がっていた鉄製の棒を差し出した。

「こいつをぶん回して、ちょっと竜巻作ってよ」
「…へ?」

へ?じゃない。やるったらやるんだよ。

「がんば」
「へ?」
「超がんば」
「へぇ?」
「だから、超がんば、だよ。やるの。レッツ」
「馬鹿抜かせ!」

ゴスッ!と頭に衝撃が走った。
痛い、超痛い!目の前に、ベガ・アルタイル・デネブが!!

「三つそろえて、夏の大三角形ですか!この馬鹿!」
「誰が馬鹿だ…って、あだっ!ちょっと!竜巻作るにしても、何で何度も私の頭に鉄棒ぶつけんの!」
「作らねーよ!この腕じゃ、そもそも作れねーよ!できたとしても綿菓子くれぇしか作れねーよ!」
「イタイ!イタイ!」

このクソ弟子、いよいよ師匠に手ぇ上げることにためらいがなくなったなぁ。
…と、状況に関係なく、しょんぼりしてしまう。
こんなこと思うだなんて、私もだいぶ、肝が据わったもんだ。

「いいですか!?そもそも長さだって足りませんよ!こういうのはねぇ!」
「え。弟子、何すんの!?」
「せいぜい槍投げにしか使えませんよ!ほらッ!」
「ああッ!馬鹿!馬鹿!!」

あの雲の中には、ミーナがいるのに!
悲しいかな。このクソ弟子、落ち着いているように見えて、全く落ち着きを失くしてしまっていたらしい。
自分が惚れた女(メカだけど)がいる場所に向かって、ブンッ!と勢いよく鉄棒を投げ飛ばしてしまったのだ!

「馬鹿!アヤト、なんてことを!」
「え…?ああッ!しまった!」

本人がようやく我に返るも、時すでに遅し。
この筋肉弟子が投げた鉄棒はどんどん飛んでいき、あっという間に雲の中へと消えてしまった。
すると。

「………え、何?」
「……何でしょう?」

活字にすらできない、不気味な声。
強いて言えば、機会の軋むような音に、動物の咆哮と女の悲鳴の中間のような声を合わせたような声が、人口の雲から降ってきた。
それは、地価の穴の中いっぱいに響いてからおさまったが。

「…あ」

今度は、雲の中から何かが降ってきた。
敢えて「何」とは言いたくない。
赤くてべっとりしている、ミーナにとっては馴染んでいるであろうもの。

「…雨、じゃないですよねぇ…」
「そんなわけないでしょ…」

ボタボタ、と、重みのある滴の音を聞きながら、私と、アヤトから、この滴と同じ色のものがサァッと引いて行った。

「どうしよう…。ミーナ殺しちゃったじゃない……」

「Moon King」(Doll」シリーズ以外、二話)

※「Moon King」の、個性豊かな面々の日常回(ギャグです)。
一話目は、隠れファッションモンスターな、あの人の話。
二話目は、一か月前にあった、「いい肉の日(11/29)」の話。
アップしようか否か迷いましたが、ここで供養します。



「ミーナ(さん)、もう一つの顔」
(byアヤト)

「ねぇミーナ、あんた好きな漫画のキャラって、いる?」

アニメでもいいけど。
転寝から目が覚めたら、そんな会話が耳に飛び込んできた。
唐突にのたまうのは、我が師こと、キリさんだろう。
いつも思うけど、何だってこの人、唐突に話を始めるんだかね。

「うーん。…アニメはあんまり見ないし、忙しくて、ここ最近漫画は全然読まないからなぁ」

読んでた雑誌から顔を上げ、顎に手を当てて考えるのは、質問を振られた人物その人か。
ミーナこと「ミハエル」。キリさん以外は「ミカ」と呼ぶ。
時々忘れそうになるけど、男性名の女性だよ。
天然ボケがちょいちょい入るが、真面目で優しい、現役の猟師さんだ。
今だって、ファッション雑誌を読んでた最中だってのに、キリさんの会話に付き合ってあげてるし。

「んー、何だろ」

ミカ、答えなんて何でもいいんだよ。何ならその雑誌に載ってる連載漫画だっていい。
「最近全然漫画読まない」とか言いつつ、その雑誌は毎週読んでるじゃないか。
しかも全ページ完全読破。
しっかり漫画読んでるじゃないか。

「うーん…。あ、あのキャラクターは好きだな。『Dr.ス○ンプ』のア○レちゃん」
「え!?何か以外!てっきり『北○の拳』のラ○ウとかって思ってた!」

それは僕も思ってた。
というよりも、「○ラレちゃん」って回答を予想してなかった。
だって、ミカと全くキャラが違う。
似てるとこといえば、向かうとこ敵なしの強さと、ボケと頭の良さが同居してるとこくらいだ。

「ねえねえ、理由は?」
「いろんな衣装を着てるとこ。ファッションが固定されてなくて、見ていて飽きないから」
「へぇ~…」

へぇ~。ファッションねぇ…。
確かにミカ、ファッション誌の最新号を毎週買ってるくらいだからな。ファッション関係のことに興味はあるのかもしれない。
彼女が仕事中の制服以外のものを着てる姿…それも、「部屋着」とか、そういう楽そうな、いつでも就寝できそうな格好以外の服を着てる姿を、僕は片手で数えるくらいしか見ていないが。
(よくよく考えたら、付き合ってもいないのに、彼女の部屋着を知ってる僕も相当だ。いくら師匠と彼女が親友といっても。)

「仕事着とか、制服とか、用途が固定された服ばかり着ていると、ついつい私服も決まった型のものしか着たくなくならないか?彼女はそういったこととか全然ないから。羨ましいよ」
「そもそもペン○ン村の中学に、制服がなさそうだったけど…。でも、私は仕事着と私服がほぼ一緒だからなぁ、ミーナみたいに考えたことはないや」

うん、知ってる。
これでも僕、師匠のおはようからおやすみまで世話してるもん。
ヘンな意味はなく、むしろ家政婦さん的な意味合いで。

「でも、ミーナはそういうの嫌そうだよね」

うん、知って…。
…いや、いやいやいや…?
これは…。

(知らない!)

思わず声に出しそうになったが、寸でのところで堪えた。
女性陣は会話に夢中で、僕が起きたことに気が付いてない。いや、ミカは気付いてそうだが、彼女はこっちに構う気配はない。
予想外、まさに予想すらしてなかった彼女の一面を知るべく、僕は全神経の九割を聴力に集中させた。残りの一割は、周囲への注意へと向けている(邪魔が入るのを防ぐためだ)。

「うん、嫌だな。さすがにもう大人だから、アラ○ちゃんみたいに着ぐるみや忍者服は無理だけど、アーミーっぽい服以外のものを、私服ではどんどんチャレンジしていきたいんだ。あと、色では赤が好きでよく着てたけど…」
「ああ、最近は赤以外の色にも挑戦してるよね。サーモンピンクとか」

(マジかよ)

意外過ぎて、今度は言葉も出ない。
ミカの私服って、赤と、さし色で黒や白のイメージこそあれど、それ以外の色はイメージしたことがなかった。
あ、でも、言われてみれば、「私服でのチャレンジ」ってことでは、思い当たることがあるな。
例えば、節分の時のコート。色こそ赤だったが、彼女にしては珍しいフェミニンなデザインのものだった。あと、バレンタインの時の帽子。何となく『銀河鉄道9○9』のメー○ルっぽいデザインだった。てっきり防寒のためかとおもっていたが。
それに、「ニーハイの日」とやらにかこつけてニーハイを履いていたこともあったし、初めて彼女を見かけた日には、「らしくない」と後々自分で言いつつも、ワンピースを着ていた。
…うん、間違いない。
言われれば思い当たる節々。
彼女は私服に於いて、まぎれもないチャレンジャーだった。
しかも、どれも着こなしに成功しているように思う。

「凄ぇ…」

今度の今度は、堪えることもできずに、声が出た。
あ、二人ともこっち見た。
「お前聞き耳立ててたんかよ」って、軽蔑をはらんだ目でこっちを見ている。
仲間になりたそうなんて全然見えない。
むしろ、仲間として排除したそうに見える、かも?

「あんた、聞き耳立てるなんて下品だね。聞きたきゃちゃんと、こっちに来て座って聞きなさいよ」
「…ぐうの音も出ません」
「ぐうでも何でもいいけど、ごめんなさいくらいは言ってほしいわ」

師匠の当然過ぎる言葉に、今度の今度の今度こそ、「ぐう」の音も出なくなりそうだった。
でも、そこは社会人として、何より来年成人する身として、ちゃんと「ごめんなさい」を言った。
そしてちゃんと、席を移動して仲間に入れてもらった。

「あんたちゃっかりミーナの隣をキープたァ…。流石は非リア獣。やるね」
「非リア獣?」
「リアルが充実してない人が、今にも獣化しそうな状況のこと」
「何言ってんですか…。僕ぁ女性に対しては紳士だって、言ったでしょう?」

紳士…紳士ねぇ、確かに紳士だわ、と、もぞもぞ言う師匠のことは、ひとまず置いておくことにしよう。「この無自覚男、アホだわ」と、やけにはっきり聞こえた罵りにおいては、何の事だかさっぱりだし。

「…ねぇ、ミカ」
「何だ盗聴魔」

…今さっきのことで、反省してるんだ。そういう呼び方はよしてほしい。
でも顔には出さない。僕はもうすぐ大人。

「…訊きたいんだけど、今のファッション関係の話、本当?」
「もちろん。何なら証拠を見せようか?」

そう言うなり、ミカはシャツの胸ポケットに手を入れた。
ポケットから、何やら小型の板のようなものが出てきた。それをスイスイッと操作すると。

「うお!?」

ガコーンッ!と天井が下がった。まるでからくり屋敷の仕掛けのようだと思ったのも束の間。天井があった部分から現れた、色とりどりのものに、目を見張る。
ある、ある、ある!色も形もそれぞれの服が!!
いつ溜めこんだんだ、とか、うちの天井に何してくれてんだ、とか、そういうことがどうでもよくなるほどの種類と色!
我が家のリビングが、一瞬にして百貨店の女性服売り場に化けたかのような有様だ!

「ミーナ何してくれてんの!ここあんたんちのクローゼットじゃないんだけど!?」
「ごめん。今住んでるところ、虫害が心配で…」
「ム○ューダでも置けば!?」
「ドアも何もない洞窟でも、効果あるかな?」
「知らねぇよ!」

つか洞窟って何さ!?住んでんの!?というもっともな突っ込みは、キリさんに任せるとしよう。
二人が言い争ってる間、僕はただぼうっと、花畑のようにカラフルな空間を眺めていた。
ホントにいろんな色、いろんな形の服がある。中には成人式で着るとか言っていた、ドレスもある。
そのドレスはともかく、いつかここにある大量にある服、全部どこかで着るのだろうか。
そもそも相当な量があるし、用途不明なものもあるけど、本当にどこかで袖を通す予定があるのか…?

「ミカ、もう一つ訊いてもいい?」
「何?今言い争ってる最中だけど」
「…ここにある服、全部着る用?」
「いや。単にノリで置いてあるものもある。去年着たサンタ服(下はズボン)も、そこにかかってるだろ?」

あ、ホントだ。
懐かしい。

「でも、機会や要望があれば、着るものもあるかも」
「ふーん…」

そういうものか、と思いながら、もう一度服の海に目をやると、ある服に目がいった。
…何だろう、これ。どこかの制服?
にしてはスカートが短めだから、私服か?

「ちょっとミーナ聞いてんの…って、あっくん。何見てんの?」
「ああ、キリさん。この洋服も、ある意味『チャレンジ』ってやつですかね?」

僕は、目に留まった服を指差して訊いた。
あまり女性の服、特に流行には明るくないし、何より、この服を着てる人を見たことがなかったからだ。
いまいち、どういう系の服か、ピンとこない。

「…ミーナ、ベタなもん買ったね?」

その服を見た途端、キリさんは何ともいえない表情になり、傍にいるミカに視線を送る。

「可愛かったから、つい。あれは完全にノリで買ったものだし」
「でしょうね。実際に着てた時代も国も違うし、あれを私服にする人は、まずいないよ」

コスプレならともかく、と言うキリさんの前を通り抜け、ミカはその服を手に取って見せた。

「着るのは無理だけど、可愛いと思わないか。このメイド服」

可愛い。可愛いけど、上に白シャツ、下にカーゴパンツ、それに運悪く、胸も腰の括れも潰してる状態で言われても、あんまり説得力はなかった。

「あんた、せめて恰好を女に戻してから言いなさいね」
「服が可愛いから、別にいいだろ」
「持ち主も釣り合わなきゃ、目に毒だっっつてんの。悪い意味で!」





「肉、にくniku」
(byキリ)

「あー、肉食いてえぇ」

11月29日。語呂合わせで、「いい肉(1129)の日」。
色々忙しかったせいで、毎年さして思うことはなかった。が、忙しさが過ぎ去ってみて、しかも、「いい肉」とはご無沙汰だった日々を思うと。

「肉食いてぇえ」

って気持ちになる。
金はないから、もうこの際何の肉でもいい。
500グラムはある肉の塊が食いたいわ。それ以上は無茶言わないから。食いきれないし。

「ねぇねぇ、ミーナ氏ィ」
「無理だしィ」
「即答しないでよ。まだ何も質問していないのに」
「今の話の流れからして、どうせ『ご自慢の猟銃でジビエ恵んで❤』とか言うんだろ。気色悪い声でさ」
「そんな語尾に『❤』つけた言い方しないってば。…てゆうか、私の声マネ上手くない?」
「からの?」
「肉だ。肉をくれ」
「切実だな」
「…」

ねえねえ。どうしてブリリアントな休日の午後に、ショートコントさせられてんの、?私。
こいつ(友)は人にコントさせといて、ローテンションだし。急に初めて急に終わらせたし。今に至っては、無言でカーペットに寝そべって雑誌読み始めてるし。…ここ、うちのリビングよ?

「ねえ、ホントに何の肉でもいいんだよ。何なら干し肉でもOKだからさ」
「500グラムの干し肉か…。豪勢なんだか倹約家なんだか分かんないな」
「え、何で500グラムの肉がいいって知ってるん?」

まさかミーナ、エスパー?
と、一瞬思いかけたが。

「いや。普通に声に出して言ってたのを、聞いただけ」
「あちゃ。声に出てたかぁ」

テヘ、と舌を出し、ダメ押しに頭をコツンと叩いてみるが、ヤツは「全然油断しねぇぞ。ぶってんじゃねえぞコノヤロー」と言いたげな冷たい目で、こっちを見ている。
嫌だ。視線だけで人を殺せそう。万が一ホントに死んだら、死因は凍死、もしくはサイコキネシスだ。

「じゃあ、しょうがない。百歩譲って、グラム数は減らすよ。だからお願い。ね?いい肉はともかく、最近は魚や大豆すら口にしてないんだよ。愛しの漁師姉弟はマグロの一本釣りに出てるし、大豆は芽が出た途端、根こそぎ害虫にやられたし…」

ちなみに、大豆は買うと高い。この国の農家は少ないからだ。

「ね?マジでお願いよ。少しでもタンパク質とらなきゃ、仕事にも支障が出る」
「うーん…」

「仕事に支障」という言葉を出した途端、ミーナは揺らぎ始めた。
余談だが、ここ最近、ご近所から揚げをおすそ分けでいただいたが、あれはノーカウントだ。
優しい私は、弟子にから揚げのほとんどを、私の取り皿にとった分までくれてやったのだから。…あ、ぶん盗られちゃいないぞ。断じて。

「ね、ね、いいっしょ?昨日野生の牛っぽいのを仕留めたんでしょ?保存すんのに困ってんでしょ?」
「何故それを…。でもなぁ」

更に言えば、から揚げってのは大衆的な肉であって、「いい肉」とはちょっと違う。
いい肉ってのは、やっぱ牛だろう。量のある、ウェルダンにしてもやわらかい牛肉だろう。うん。

「あれは売れば宝の山になるからなぁ。市場では『紅(あか)いダイヤ』とも呼ばれてる訳だし」

うん知ってる!
だから欲しいのだ!
狙った(肉の)ダイヤは逃さねぇよ!?

「ね!お願い!せめて一食分!」
「…まあ、それくらいなら」

ィよっしゃ!
盗った…いや取ったぜ!「紅いダイヤ」!
肉の情報、在り処、そしてこいつが三日三晩徹夜続きになるって、情報を掴んでよかった!
ありがと!アイ兄さん!ありがと!※なけなしの諭吉さん!(※諭吉さんは、アイ兄さんとこへお婿にいきました)

「因みに、一食あたりどれくらい欲しいんだ…?」
「うーん。そうだなぁ」

そう言われても、夕飯に使う食材の量は決まっていない。
強いて言えば、十分な量よか、少し少な目くらいか。
ホントにちょうどいい量(よかちょっと多めに食いたい)なら。

「…お、いいとこに愛弟子・アヤト某が」
「こいつに名字なんてあったのか。…というか、さっきからそこにいただろ。例のごとく」
「それが珍しく、昼寝してるんだよ」

ほら、と指差したソファ(普段はミーナが占領してる)には、安らかな顔をした鬼弟子。
両手両足を投げだして、爆睡中だ。怖いくらいに、朝飲ませた遅行性の睡眠薬が効いてるな。

「こいつがいい目安になる」
「目安?」
「そうそう、目安。ほら、節分の時、こいつ鬼の格好してたじゃん。絵巻物の鬼みたいにパン一で」
「パンイチ?…ああ、あの寒そうな格好」
「そうそう。真夏の海でしか見かけないような恰好」
「…もういい。何が言いたいのか、分かった」

さすがは我が友。徹夜三日目でも、安らかに眠る弟子を見て欠伸をし出しても、切れる。
私が話しながら、弟子のすぐ横まで移動したってのもあるだろうけど。

「よし。なら話が早いね」

ベロンと弟子の腹をめくって、もう一度指を差す。

「このシックスパックの一個分くらいの量で頼んますわ」
「…ああ」
「いやあ、何か節分の時ね、こいつの腹がフライパンに敷き詰めたハンバーグのように見えちゃってさぁ。それ以来肉が食いたくて食いたくて!」
「…そうか」
「ミーナ、寝落ちてもこの約束、忘れないでね」
「ン…キリ…」
「うん?」

ダメ押しで、ミーナにもさっき睡眠薬を盛ったのが拙かったか?
今や親友の視線は、あらぬ方を向いている。喋り方も、さっきとは違ってる。

「ミーナ、聞いてる?頼むよ?」
「聞いてる…キリ…」
「だから何?寝言と喋る趣味はないよ?」

寝落ちる寸前なのだろうか。何を見てるんだか知らないが、明後日の方向を指差し、ミーナはどんどん姿勢を崩してゆく。

「…危ない」
「へ?」

ドサッという音と共に、すうすうと寝息を立て始めるミーナ。
「危ない」だなんて、昔の夢でも見てるんだろうか。

「やだなぁ、ミーナ。ここは我が家のリビングよ?危険なことなんてありゃしないって!」
「ホォー、家人に薬を盛る人間がいても、危険じゃないと?」
「へっ?」

何故それを?と聞き返そうとして、固まった。
ちょっと待て。この声、どっから聞こえてる?誰のセリフだ?

「まさかお化…」
「け、じゃないです」
「ぐえっ!」

いきなり、首だけが変な方へ捻られた。
痛い痛い!ちぎれちゃう!息できない!

「おはようございます。お師匠様」
「…ゲぇ」

物理的に来る苦しさと、恐怖で心臓がキュッとなった苦しさで、思わずカエルみたいな声が漏れた。

「普通睡眠薬って、飲み物か何かに入れません?それから、飲むのを見届けるのがセオリーでしょう」
「…グェェ」
「僕が最近風邪気味だから。だから敢えて、粉薬を紙に包んで出し、飲むのも見届けなかったんですか。成る程。でも、知り合いに医者がいて、尚且つ、いつもいつも薬をただでせびるあなたが、薬を、それも、あえて薬紙を折って包むような高価なのを『買う』なんて、珍し過ぎるでしょうが」
「ングエエエエ…!」

いかん。迂闊だった。
このねちっこい弟子は、完全に私の行動パターンを読んでいた。
伊達に「紅いダイヤ(お肉)」を狙う私の弟子なだけある…!

「グエ、グエエエエエ、エエエ…(まさか、裏切られるとは思わなかったが…)」
「調子に乗るんじゃねえ。アホ」

ぱ、と頭から手が離れた、と思ったら、重めの衝撃が脳に響いた。
凄い。脳がじかに揺れてるってえのが、身にしみてわかる。目から火が出た。

「身内のよしみで、ゴンの一発で済ませてやります。脳震盪から復活したら、後でちゃんとミカに謝ってください」
「…あい」
「もちろん土下座で、ですよ」
「…あい」

ぐわんぐわん揺れる視界の中で、弟子が背を向け、またソファに戻るのが辛うじて見えた。
てゆうか肉もらうのは止めさせたいんだ、とか、 拳骨のことを「ゴン」っていうのは可愛い、真似しようとか、余計なことを思いながら、私は徐々に意識を手放していった。
あ、弟子め。今私を足置き代わりにしたな?体に衝撃があったから、分かるんだよ。
クッソ、なめやがってぇ…。今に、見てろよ…。

しつこい悪霊(怖い話。※虫注意)

しつこい悪霊


八月二十日 晴れ
 とうとうこの日が来た。一年と数か月を要し、俺の元職場に復讐する日が。
 復讐と言っても、今の俺は無職なので、金のかかる復讐はできない。金がほぼかからない、安上がりな、でも確実に同僚共に復讐する計画を立てたのである。
 計画の要は今、この浴槽から飛び立とうとしているところだ。
 「いいか、お前たち。何としてでも社員共を苦しめてやるんだぞ」
 俺の言葉に頷く代わりに、浴槽にいた「やつら」は、窓からさっそうと飛び立っていった。
 俺がこの復讐を思いついたのは、去年の夏。俺が職場から解雇された日だ。解雇された理由なんて、もう忘れた。ただ、その時は無性に悲しくて悔しくて、必死に「俺に非はない」と思うようにしていたと思う。
 とぼとぼと、就活生の時から世話になっていた鞄をぶら下げ、会社の前の、元は噴水が噴き出していたという大きな池の前を通ると。
 「嫌だ。また蚊だわ」
 池の前にあるベンチから、声がした。声の方を見ると、そこには弁当を広げた、二人組の女子社員が。どうも昼時だったらしく、池の周りのそこここにあるベンチに、弁当を広げた連中も見えた。
 当然、こんな日だ。食欲なんざ起きやしない俺は、そのままベンチの前を通り過ぎるだけである。
 だが、何となく…本当に、何となく、である。ベンチに座った女子社員二人組の会話が、ぼうっとなった俺の耳に入ってきた。
「毎年毎年、嫌になるわ。ここまで蚊が多いだなんて」
「仕方ないわよ。うちの会社の周り、植込みとかで、じめっとした日影が多いじゃない」
「ここまで多いと、誰かからの嫌がらせのような気もするわね」
「確かに。最近は蚊からの伝染病も日本に入ってきたし、ただ刺されてかゆいってだけじゃ、済まないこともあるものね…」
蚊。
多い。
仕方ない。
嫌がらせ。
伝染病。
多分、夏の暑い時期にスーツを着てたこともあるだろう。歩を進めるごとにぼうっとなっていきそうな俺の頭に、女子社員の会話がぐわんぐわんと反響した。
 そして、そんな頭のまま家には帰らず、気が付いたら、家の近所のどぶ池で、ボウフラを漁る俺がいた。
そして、大量のボウフラを漁りながら、思いついたのである。
このボウフラを一年間訓練し、あの会社の社員だけを襲うようにしようと。

八月三十日 曇り
 成果は思ったより早く出たようだ。この一年間部屋にこもり、みっちりボウフラどもを訓練した甲斐があった。ニュースでも新聞でも、俺が復讐を終えた会社が、大きく写りこんでいる。
 あのボウフラ漁りから数日後、俺は大学時代の友人に電話し、「仕事の参考にしたいから、蚊を媒介に伝染する病原体を見せてくれないか」と頼んだ。今更だが、俺が真面目な性格に定評があり、尚且つ、苦労して医薬品関係の職場に就職していて、本当に良かったと思っている。おかげで、今は大学の助教授になっていた友人から、あっさりと病原体を見せてもらうことに成功した。もちろん、ただ見るだけじゃない。その病原体を盗むことが目的だった。
 友人がよそ見をしている隙に、病原体のサンプルを盗み出した俺は、さりげなく友人に帰宅の旨を告げた。そのまま帰宅をすると、俺は真っ先にボ、ウフラに病原体を持たせたのである。
 それから一年と数か月、ボウフラが蚊に成長するまで、あの会社の社員だけを刺すように訓練をした。蚊を訓練するのは楽なことじゃないが、幸い時間ならたっぷりとあった。
だが、時間があるということは、逆に稼ぎがないということだ。餌代がかからないよう、ボウフラがいたどぶ池の水をそのまま持ってきて、ボウフラが栄養をとれる状態を維持する方が、訓練以上に大変だった。水槽代も馬鹿にならないので、水を溜める場所は浴槽のみ。俺は、自宅の浴槽をボウフラに捧げる羽目になったのである。
風呂という日常の癒しまで犠牲にしたのだから、この作戦は絶対に成功させてやる。
まさに臥薪嘗胆という状態で、俺はボウフラの訓練に精を出した。
その苦労が、今ついに実ったのだ。
作戦開始から十日後の今日。ニュースでも新聞でも「A社社員の半数、緊急搬送」「蚊を媒介にした伝染病か」という見出しが躍る。これでこの会社は当分営業停止、場合によっては潰れることになるかもしれない。俺の復讐は、今成功したのだ。
俺の盗みだって、ばれる心配がない。俺はあの後、友人が大学の金を無断で使っているという証拠を掴み、脅しつけたのだ。口封じも済んでいる、完全犯罪の出来あがりだ。
勝利の美酒に酔いたいところだが、俺には金がない。
しょうがないので、次の就職先が見つかるまで、みりんで祝杯をあげるしかなさそうだ。

九月二十四日 雨
 不衛生な浴槽を綺麗な状態に戻し、ついでに自分の清潔さも取り戻した俺は、割と早く再就職先を見つけることができた。
 前の会社で築いていたキャリアもあり、俺は入社早々、いいポストをまかされることになりそうだ。
 まさに、素晴らしい人生の再スタートである。
 そんな俺だが、最近悩みができた。不可解な夢を、毎晩見るのだ。
 あんな犯罪を犯した後だからだろうか。俺が眠りに落ちてすぐ、元職場の同僚が、土気色の顔をし、頬がこけた状態で現れるのだ。
それも大勢。
 最初は気にしないようにしていたのだが、どうも日に日に人数が増えていっている気がする。
 いや、気がする、じゃない。確実に増えている。最初は十人程度だったが、昨日なんて三十人くらいいた。まさかとは思うが、あの蚊の事件で亡くなった人数分、夢に出る人数も増えているのだろうか。もしそうだとしたら、後何人増えるのだろう。
 嫌だ、考えたくない。
 眠るのが、怖い。

十月二十日 
 流石に十月も下旬に入ると、蚊も出ない。そうなると自ずと、あの事件の話題も下火になる。気にかかる話題が無くなった分、俺の心は晴れやかだ。いつの間にか、あの妙な夢も見なくなっていた。
 でも、何故だろうか。「蚊も出ない」と、さっき書いたばかりだが、俺の近所には、未だに蚊が出るのだ。しつこい蚊である。しかも、周りに木陰がないにもかかわらず、俺の家の中にも出るのだ。もしかしたら、俺が育ててたボウフラで、まだ飛び立ってなかったのがいたのかもしれない。それだったら大変だ。なるべく早く、駆除しなければ。
 しかし、それだとしたら、妙なことが一つだけある。
 俺はボウフラの頃から、出来るだけ羽音を立てて飛ばないよう、ボウフラに教育してきたはずだ。そして、俺の教育通り、ボウフラは育った。それなのに何故、ここの蚊は、こんなにも羽音がうるさいのだろうか。まるで、誰かを責め立てるかのようなうるささである。

十一月一日
 何故、蚊の羽音があんなにうるさいのか、今分かった。確かに、あの羽音は、誰かを責め立てていたのである。なかなかいなくならず、十月の末頃には俺の家にどんどんやってくるようになった蚊。あの羽音に耳を澄ましていると、羽音に紛れて聞こえてきたのだ。
 「お前が俺達を殺したのだ」と。
 一度耳に入ってしまうと、もうどうしようもない。次第にどんどんと羽音が俺を責める声に変わり、今では大勢の人の声に囲まれてしまっている。
 俺はもうだめだ。この家を捨てて、逃げるしかない。

「…以上が、男が所持していた日記に書かれていた内容です」
十一月の半ば、B駅の近くにある閑静な住宅街で、一人の警察官が上司に報告をしていた。
その警察官より、いくらか年を取った上司は、顎を撫でながら警察官に尋ねる。
「妙なことを考えるやつがいたものだ。ところで、あの男は本当に、夏の蚊の伝染病の原因を作ったやつなのか?」
「いえ。伝染病は、旅行者が運んだものが原因です。男が友人から盗んだ病原体というのも、長時間は生きられないもののようで。ボウフラの頃から持たせていたのでは、もう効果はないでしょう」
「成る程。だからその友人は、なかなか警察に報告しなかったのか」
上司は、話しながら警察官から資料を受け取った。そこには、夏の伝染病の記録と、男の友人だった助教授の証言がまとめてある。
「じゃあ何故、男はこんな有様になったんだ」
資料を警察官に返すと、上司は警察官に尋ねた。
「恐らく、この男が会社を辞めさせられたことと、関係があるかと」
警察官は、もう一部別の資料を取出し、上司に見せた。
「男は勤務中、神経に強い幻覚作用を起こす薬を、誤って倒してしまったようです。薬は気化しやすく、効果は即効性。すぐに治療を受けなければ、さらに幻覚作用が強まるらしいです。医者に行くよう勧めてから退職させたようですが、すでに薬の効果が出ていたんですね。医者にも行かず、ありもしない妄想に取りつかれた挙句、この一年と数か月を、蚊の飼育に捧げていたんですよ」
「聞けば聞くほど、可哀想な一年間じゃないか。…でも、それだけじゃ、こうなった有様は説明できないぞ」
「ところが、そうでもないんです」
警察官は、「ほら」と、資料の一部分を指差した。
「薬を調べていて、分かりました。この薬は、幻覚作用の次に、運動をつかさどる神経にも、影響を及ぼすんです。影響が出るのは、薬を体内に入れてから約一年後。それも、ある日急に影響が出るそうです。そのため、急な変化についていけず、怪我をしたという報告もあるそうです」
「成る程。それで、この男は…」
上司は痛ましいものを見るように、目の前に広がる風景に、目をやっていた。
「妄想に取りつかれ、深夜に家を飛び出し、誤ってこのどぶ池に落ちてしまったのか。大して深くもない池だが、頭を打って気絶している状態なら、十分溺れ死ぬ深さだな」
「それに」
警察官も、痛ましげに、目の前にある風景を見た。
「男の肺の中には、このどぶ池の水のほか、たくさんのボウフラの卵が見つかったそうです。自分が復讐に使おうとし、それと同時期に大勢の社員の命を奪った生き物に、今度は自分がとりつかれるとは」
「因果応報ってやつだろうな。男としてみれば、しつこい悪霊にほかならなかっただろうが」

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