2017-11

ハスの花⑩

こんにちは(或いはこんばんは)
奥貫阿Qです。

おまたせしました!
いよいよ「ハスの花」の十話目ですよ!
某氏が暴れております!
次回の十一話目が最終話です!
今週の金曜日にアップします!

…え?なんで十話目に入れなかったんだよ?って?
文量が長かったためです…。

とにもかくにも、これを含めてあと二回の連載で終了です。
もう少し、作者の書く連載にお付き合いくださいませ。

では、また金曜日にお会いいたしましょう。



ハスの花⑩

篝火の頼りない灯りにも、鮮明な赤が見えた。そう思った途端、篝火が焚かれた、それなりに太い木の柱がバキッとへし折られるのが目に入った。折られてもなおパチパチと燃える篝火の影には、雪のように白い髪が見えた。

「鬼」

誰かが低く呟く声が聞こえた。
呟きが聞こえたのかは分からない。が、白い髪の何かは、篝火を持ったまま、妹達がいる方へ迫ってきた。



「どこだッ!」

それから少し経った頃、ほのかに明るくなってきた空の下で、キリは目を光らせていた。
その彼女の目には、比喩などではなく、本当に光が映っている。

「ここだ」
「?」

低い声が聞こえたかと思うと、キリの後頭部に鈍い痛みが走った。
恐らく、光から身を乗り出したハインリヒに殴られたのだと思う。
ハインリヒの戦法は、キリにしてみれば姑息なものだった。
件の空間を移動できる光を利用して、まるで土竜(もぐら)のように光から光へと顔を出してはキリに襲い掛かる。戦いが始まってから数十分後には、今まで光っていなかった場所から出現したりし始めた。どうやらこの光は、出てきた光から光へと移動できるだけではなく、光をハインリヒ自身が操れるようにもなっているらしい。
要は、彼は出たいところに出たい時に出られるのだ。空間の移動が自由自在なのである。

(物陰から攻撃だなんて…嫌だよな。これがスナイパー部隊では正攻法だってんだから)

ぶんぶん鉄扇を振り回して応戦するも、戦うこととは無縁であるキリには不利だった。
そもそもハインリヒの攻撃にしたって、キリの予測を大きく外れていた。
ハインリヒはスナイパー部隊である。つまり、本領は暗殺ではなく狙撃にあるのだ。そのため、スナイパー部隊に入ったものは全員狙撃が得意なのである。ハインリヒにしたって、恐らくそうだろう。
だからこそ攻撃は、脅しも兼ねて、最も彼が得意とする銃を使ってくると思ったのだが、状況が異なってしまった。
ハインリヒは、全くと言っていいほど銃を使わないのである。
代わりに繰り出されるのは蹴りか拳骨だ。今キリは、ハインリヒにいいようになぶられている状況にあった。
光という便利な道具を見つけたから、というわけではないだろう。それだとしたら尚更銃を使うはずである。
それなのに銃を使ってこないということは。

(間違いない。こいつ、私をいたぶって、それから情報を聞き出すつもりだ)

いうなればこれはただの拷問だった。
交渉などではない。ハインリヒはキリをいたぶるだけいたぶり、それから情報を聞き出すつもりのようだ。

(さっさと聞き出しゃいいものを、と思うが、そうじゃないんだろうな。…この男は、国を滅ぼすきっかけをつくったスナイパー部隊を恨んでいる。自分が「ユバナの軍人」だと信じ切ってるこいつだし、きっと責めるだけ責め立てるのが正解、とか思っちゃってるんだろうなぁ…)

無論、ユバナはもうない。よってユバナ軍もユバナ軍人も、もう存在しない。
それが事実である。
だがハインリヒの中では、まだユバナが健在なのだ。彼にとってユバナは絶対であり、逆らうなんて思いつきもしないものなのだろう。
だからここまでやってしまっているのかもしれない。

(でも、何でそこまで執着するんだろうね)

猛攻をかわしながら、キリは心の内で首を傾げていた。
他国の事情は知らないが、ユバナの内政は酷いものだったのだ。
田舎では人攫いが頻発、国は国勢が悪化してそれを見て見ぬふりをしていた挙句、何やら奇妙な政策に熱を上げて迷走していた。
そんな国に、なぜここまで執着できるのか。
彼も所属していたスナイパー部隊のほとんども、最後には国を裏切っていたのに。

「なぁ、何でそんなに不思議そうな顔をするんだ?」
「?」

恐らく、キリの表情をすぐに読んだのだろう。
攻撃のさなかにもかかわらず、ハインリヒもキリと同様「訳が分からない」と言いたげな顔をしてキリを見返してくる。

「俺はな、ガキの頃から軍にいたんだ。後々有名になった准尉殿よりも長く軍にいた。親は知らん。軍が俺の親だったのさ!」

初めて聞くハインリヒの過去だが、キリはたいして驚かなかった。スナイパー部隊に属する者には、そういう境遇の者がかなり多い。というか、九割方はハインリヒのような境遇にあったと聞く。

「良かったぜ?軍は。飯は出てくるし勉強もさせてもらえるし、適当な理由つけられて殴られることもない!…もっと勉強ができれば、出世だって目じゃなかったわ。教官だって、大人になってからは当たりがきつかったが、ガキの頃は本当に優しくしてくれたんだ。お前、軍にはそういう一面もあるんだぜ?知らなかっただろう?」
(それは…)

キリはハインリヒの話を聞いて、一瞬だけ眉をひそめてしまった。
言いたくはないけれど、ハインリヒはユバナ軍の裏事情を知らないようだ。
小間使いとして掃除をしていた時か、はたまた兵士として軍の内部をほっつき歩いていた時だったか。キリはとある大佐の執務室に迷い込んでしまったことがある。周りから「馬鹿だ」と罵られることが多いキリであっても、あの日ほどグデグデに疲れていなければ、そんなことはしなかっただろう。
その時、大佐とその部下が深刻そうな顔で話しこんでいるのを、偶然聞いてしまったのだ。
大佐…背中しか見えなかったが、服装などから判断して多分大佐である。それが呆れ顔でため息をつき、部下にこんな愚痴をこぼしていた。

「全く呆れてものも言えねえな。お前から貰った資料と俺の調査を合わせたら、確実な証拠になっちまった…。もう、軍がスナイパー部隊に入れること前提に、孤児拾ってきちゃ教育し、いい塩梅に手なずけているという事実は動かんぜ。本当にこの国の軍部はあくどい」

とても大佐とは思えない俗な口調でそう言い切り、ふぅとため息をついていた。
それさえ聞いていなければ、ハインリヒの主張も一理あると思えたかもしれない。
だが大佐ともあろう階級にある人物が「孤児を利用している」と言い切っていたのだ。しかも大佐自らの調査とその部下による調査という、二重の調査をしたうえでそう言っていた。
これではハインリヒは騙されたうえ、いいように扱われていたという事実しか残らない。
「優しくしてくれた分の恩を返す」という、自分にとってはまっとうな理由から軍に絶対の忠心を誓い、挙句の果てに殺しまでしてしまったのがハインリヒだ。それなのに、このような真実を今更ハインリヒに告げる勇気は、キリにはなかった。

(ここにも理不尽の犠牲になった奴がいたのか…)

哀れな。
キリは兄と妹、そして自分が庇護のもとに置いていた少年に抱いたものと同じ感情をハインリヒに感じていた。もちろん、彼の行為を許す気はさらさらない。だが、憎いという感情を差し引いてハインリヒを眺めてみると、ハインリヒの軍を慕う感情と軍がハインリヒに抱く感情がかけ離れ過ぎていて、切なかった。
そこまで慕っているのに、永遠に愛されることがないだなんて。

「…何だよ、その目は」

やや長くそう考えていると、急にハインリヒの手が止まった。
キリの様子から、彼女が今思っていることをまた察したのだ。

「いかにも可哀想な奴を見るような目で、俺を見やがって。…ムカつくぜ。前にカールの野郎がしていた目を思い出して、胸糞悪いわ」
「…は?」

何故かハインリヒは、ここでは全く関係ないであろうカールのことを出してきた。面食らうどころか、一瞬にして怒りに火が付く。

「あいつがあいつなら、彼女も彼女だよな。カールの野郎、仲間や准尉殿のことを聞いても、一向に口を割りやがらねえ。それどころか、そんな目で見てくるなんざ、堪ったもんじゃねえよ。国賊のくせに生意気な。俺のどこに憐れむべきことがあるってんだ」

その言葉に、キリはまた一瞬にして血の気が引き、その後すぐに全身が燃えるような熱を味わった。
嫌な考えしか浮かばなかった。

「…ハインリヒ、まさかカールをあんなふうに殺したのは」
「そうだよ。端っから殺すつもりではあったが、そこまで馬鹿にされちゃ気に食わねえ。ついでだから射撃訓練の的になってもらったわ」

その言葉を聞いた途端、キリの脳裏には死ぬ間際のカールの様子が頭に浮かんだ。
今までは脳にフィルターでもかかっていたかのようにぼんやりして、血の色しか見えなかった映像だが、今度はクリアに思い出す。
真っ赤な血の海に浮かんでいるのは、もちろんカールその人だ。
だがその様子が尋常ではなかった。
銃で撃たれるというのはああいうことなのか、と痛感させるほどに、カールの全身には無数の穴が開いていた。当然目は潰されているし、耳もまともな形をしていない。
余程の知り合いでなければ、カールとは分からない程に変わり果てていた。まさにハチの巣状態だったのだ。
それなのに意外な程出血が少なく、キリが駆けつけた時でもまだ息があったのは、ハインリヒが止血剤か何かの薬を使ったからなのか。

「ざまあねえな。俺は軍に逆らうどころか、軍のために正しいことをしてるってのに。それにもかかわらずあんな目で俺を見るからだ。誰がかわいそうな奴だよ。誰が哀れだってんだよ」

恐らく今言った言葉は、カールに言われた言葉なのだろう。
キリの知るカールは、優しい、軍の細かい事情にも詳しい男だった。
小間使いであるにもかかわらず、長いキリの話を最後まで聞いてくれた。熱心に聞いてくれた上、適当な雑用のついでに、キリに自由な時間をくれる口実だって作ってくれた。そもそも小間使いとして軍に入るきっかけを与えてくれたのもカールだったのである。
多分カールがいなければ、キリは師匠の庇護から離れた後に、何もできなかったことだろう。その優しさに、後にキリはほだされたのである。
それなのにこの男は、その思いやりを無視するどころか、命を奪うとは。

「キリよぉ…。そんな目を向けたからにゃあ、分かっているよな?本当は小間使いごときを手にかける気はなかったが、気が変わったぜ」

ハインリヒの目が細くなる。
どこか掴みどころがない雰囲気も、瞬時に刃のように鋭い雰囲気に変わった。
見たことはないが、これがスナイパー部隊が本気を出した時にまとう雰囲気なのではないかと思う。
だが、キリも負けるつもりはなかった。
カールの死の理由を聞いたことが発破になったのだが、それに加え、キリは「守ってやる」と約束した子供がいるのだ。
その子は今、敵の真っただ中で震えているはずである。絶対に生きて帰って、助け出さなければならなかった。
自分はカールの二の舞を踏めないのだ。

「望むところだ」

キリはハインリヒを威圧するかのように見やった。
威厳か、或いはそれ以外の威圧感を持ったその雰囲気に、ハインリヒでさえ一瞬緊張を走らせたことに、キリは気が付かない。

「だがあの子を迎えに行くんだ!死んでなるもんか!」

その啖呵が合図となったかのように、ハインリヒはとうとう銃を取り出し、弾を装填するとキリに向かって撃ってきた。この時代では希少な連射式の銃である。恐らく、これもユバナ軍がなくなってもなお大切にとっておいたものなのだろう。
無数の発砲音が洞窟内に反響しているせいで、いつ弾が飛んでくるのかが分かりにくかったが、キリは音が来る方向を意識して、鉄扇を構えた。
が。
カインッ、という硬質な音がしたかと思うと、手からあっさりと鉄扇が吹っ飛んで行ってしまった。
鉄扇は音だけで判断する限りでは、五メートル以上は飛ばされたようだ。

(マジかよ。あの銃、ユバナ軍正規のものに威力の強い弾装填してる…)

吹っ飛ばされた鉄扇が地面を転がってゆく音を聞き、キリはその場を逃げ出しつつ愕然とした。
ユバナ軍があつらえた連射式の銃というのは、どういうわけか威力が弱い弾のみの装填しかできなかった。連射式の銃を作ったのはいいものの、その時期はユバナ国崩壊の少し前の年だったため、威力の強い弾に耐えうる構造にする金がなかったのかもしれない。
ハインリヒの銃も、ユバナ軍正規の銃であればその構造であるはずである。キリが聞いた発砲音も、まさにユバナ軍正規の銃のものだったように思えた。
しかし威力の弱い弾であれば、鉄扇を五メートル以上も吹っ飛ばすことは不可能である。小ぶりな武器とはいえ、鉄扇は十キロ近い重さがあるのだ。キリは片手で振り回しているものの、重さとしてはかなりのものである。
それを簡単に吹っ飛ばせる弾など、どこで調達したのか。そもそも、そんな弾を装填して、銃は耐えきれるのだろうか。

(暴発覚悟で撃ってきてるのか)

そうとしか思えないような行動だった。どうやらハインリヒは、何としてでもキリをこの世から消し去りたいらしい。しかも、カールとほぼ同じ方法でだ。

「うっ!」

反響する発砲音では、工芸士の弟子の耳でも完璧には聞きとれなかったらしい。キリは逃げる方向先を誤り、右足に弾がかすった。
ただかすっただけとはいえ、鉄扇を吹っ飛ばすような威力がある弾なのだ。かするだけでも相当痛い。思わずキリはそこに立ち止ってしまった。

(ヤバい!)

次の発砲音が聞こえるも弾がかすった右足がしびれて、そこから動くことができなかった。移動ができないため、身を隠すこともままならない。
万事休すか。
思わずそう思った時だった。
ガキンッ!と嫌な音を立てて、弾が何かに弾かれる音がした。
それは修理屋や工芸士なら一度は耳にしたことのある音だ。
紛れもない金槌の音だった。

「…ああ、よかった」

キリの志向が戻ってきた時、心から安堵するような、溜息と声が聞こえた。
若者らしいテノールに、思わず目を向けると、

「やはりあなたは、僕を見捨ててなんかいなかった」

見慣れない、しかしキリにとってはよく見慣れた少年に似た青年がそこにいた。
髪は白髪、片足がない代わりに棒で体を支えた青年は、見たところ一メートル半はありそうな長い柄の金槌を肩に担いで、キリとハインリヒの間に立っている。刀を打つ金槌にも似たそれは、よくてキリの鉄扇の三、四倍は重そうな立派なものだった。
そんな物騒な得物を担いだまま、青年はまっすぐハインリヒを見つめている。

「ここからは僕が相手をしましょう。鬼とそしられるだけの力と凶暴性は保証しますよ」

にやり、と不気味に笑う姿はまさに鬼のようだ。
キリはこの笑顔にもどこか見覚えがある。それは最近、ではなくて昨日、宿の中で自分の顎を蹴り上げた…。

「ちびちゃん…?」

キリがそう言う前に、青年はキリの視界から消えていた。
いや、ハインリヒの傍まで移動していた。
軍にいたキリでさえも驚愕する速さで接近し、あっという間にハインリヒの懐に入っていた。
そしてそのまま情け容赦なく、重い金槌でハインリヒの右手をぶっ叩いた。
骨の砕ける嫌な音と共に、ハインリヒの手から銃が落ちる。
当然のことながら、銃はキリの鉄扇同様遠くへ吹っ飛んでいき、ガチャンという音を立てた。音の感じから察するに、銃は壁に叩き付けられて壊れたようだ。

「うぁ!」
「ケッ…他愛もねえ」

驚きと痛みで息を吸いながら声を出したハインリヒに、青年はあのマフィンさんを彷彿とさせる顔でそう吐き捨てる。そして、なおも武器を取り出そうとするハインリヒの手…今度は左手を叩いた。

「ぎゃあああ!」
「手癖の悪い野郎だな。学生時代、先生に怒られたろ」
「学校なんか行ってねえよ!」
「じゃあちゃんと通って勉強して来いや!」

両手を潰されてもなお強がりを見せるハインリヒに、青年は辟易したように吐き捨てた。ハインリヒを黙らせたいのか、腹に向かって膝蹴りも見舞う。
今度こそそれが応えたのか、「ぶっ!」と唸ると、ハインリヒは動かなくなってしまった。生きてはいるのだろうが、手と腹が痛過ぎて動けないか、或いは気絶しているのだろう。
あまりにも早すぎる展開に、キリは元々大きな目をさらに大きく見開いて、青年の一方的な攻撃を見届けるだけだった。ユバナ出国後キリがずっと手こずっていた相手は、第三者によってあっけなく倒されてしまった。

「ふう…」

薄暗い闇の中で、白い髪が小さく揺れる。
クルリとキリの方に振り返ると、青年は軽く会釈をした。

「…すみませんね。『ここを出るまで僕を守る』っていう約束だったのに、僕の方があなたを守ってしまいました」

会釈の後、そんな奇妙な謝り方をされてしまった。
この約束を持ち出されたことで、キリは青年があの少年だということを確信した。

「いや、それは私の力量不足だからで…。ていうか、どうしたの?またいきなりでっかくなったよねぇ。もう大人じゃん」
「体格だけですよ。中身はまだまだでしょう」
「その受け答え自体が大人だよ…」

行動がスプラッタだったけど…と、ハインリヒを指差して言うと、青年は苦笑した。

「違いないですね。でも僕、この姿に成長したおかげでかなり気が付いたことが…というか、思い出したことがあるんです。まず、僕があなたに言った『寄りたい場所』ですが、それはこの金槌がある場所だったということと…」

肩に担いでいる金槌を軽く持ち上げてみせると、青年は自分を指差す。

「やはり僕は、ただの赤ん坊ではないということです。あなたに会った時こそ赤ん坊の姿でしたが、こうして早く成長しました。それというのも、僕は無理やり赤ん坊にまで戻された、れっきとした青年だったからですよ。無理矢理大人から子供に戻された反動で、こうして早く成長し、元の姿に戻ったみたいです」
「は…」

青年の言っていることが理解できず、キリの脳は一瞬停止する。

「えええええええッ!?なにそのコナン君設定!」
「何ですかコナン君って」
「その突っ込みはいいよ!ていうか誰の仕業!?誰のせいでそんな面白いことになっていたの!?」
「すみません、まだそこまでは」
「思い出せよおおおおお!」

訳も分からずに地団太を踏み、キリは珍しく突っ込み役となっていた。
そんなキリを見て、青年は申し訳なさそう名をした。

「すみません。思い出したらまた申し上げるので…」

そのまま申し訳なさそうに頭を掻く青年に、キリはこれ以上強くは言えなかった。思い出せないものを思い出せと言っても仕方がないことなのである。
キリは強く言うのを止して、「しょうがないなぁ」とだけ言うのにとどめた。

「じゃ、思い出したら言ってね?」
「はい」

いきなり通常運転に戻ったキリに、一瞬面食らったような顔をした青年はこくりと頷いた。
だが、この青年は奇妙だった。
間違いなくあの少年が成長したのだろうが、それにしては微妙に表情が乏しい。
この子は赤ん坊の時でも少年の時でも、割と表情豊かな方だったのに…と、キリは思う。

「ねえ君、ちょっと様子が変だよ?まさか何か嫌なことでも思い」

出したの?と、キリが青年に言いかけた時だった。

「危ない!」

キリが言いかけた途端、青年に思いっきり体を押された。
そのまま地面に転がるが、用意も何もしていなかったせいで、思いっきり頬をすりむいてしまった。

「何すんの!痛いでしょ!」

キリがそう抗議をするも、青年はこちらを振り向かない。
それどころか、先ほど自分が倒した男の方へと視線が釘付けになっている。

「チッ、まだ何本か指が動いてやがる」

洞窟内に響くほどの舌打ちをして、青年は眉間に皺を寄せていた。
キリも青年の視線の先に目を向けてみると、そこには、いつのまにか復活したハインリヒがこちらに銃口を向けていた。金槌で叩かれたせいで手が歪な煎餅のように変形してしまっているが、銃を持っている右手はまだ親指と人差し指が健在だ。寝そべって銃の引き金を引くくらいならできる指の数である。

「命だけは助けてやろうってのに、この男は…」

ゆらり、と青年は歩きだし、金槌を再び構えなおした。
先程までの怒りの様子とは違う、より一層剣呑な雰囲気に、キリは青年の腕をつかんだ。

だが、突然、
バンッ!
という、ハインリヒの銃よりもより大きな銃声が、洞窟内に響いた。立て続けに、二度目の銃声も響く。今までいたことがない轟音に、キリは思わず耳をふさいだ。横にいる青年も同様である。

「…何?」
「さあ…」

音が聞こえた方向からして、撃ってきたのはハインリヒではない。
では誰が、と、キリは周囲を見回すが、誰の影も見当たらない。

「おかしいなぁ…」

小首をかしげて考えをひねり出そうとすると、唐突に服の裾を引っ張られた。

「…キリさん、」

ややこわばった声で、青年に呼ばれた。
服を引っ張ったのも彼のようだ。彼に引っ張られるまま振り返ると。

「…え」

さっきまで銃口を向けていた男が、ぐったりと動かなくなっていた。

「…ちょっと待っていてください」

キリを残して、青年がハインリヒに近づく。今やスナイパー部隊の腕章だけではなく、体にまで赤い紋を刻んだ男を見る青年だったが、すぐに首を横に振った。

「そんな…いったい誰がやったっていうの」
「不明です。でも確実に言えるのは、この男が銃で殺されたということですよ。見たら頭と背中に穴開いていました。頭の穴も背中の穴も深いようなので…多分、体を貫通しているんじゃないでしょうかね」
「貫通!?そんなに威力のある銃なんて、聞いたことがないよ!」

先程はユバナの銃にのみ言及したが、この時代の銃というのは大体先の時代のものよりも威力がない。物資の不足や加工する技術が不十分だからというのが理由だが、そのため、人体を撃った時に銃が貫通するなどということはほぼなくなっていた。
よくよく考えてみれば、ハインリヒの使用していた弾も規格外の威力である。それでさえも驚きなのに、威力の強い弾が撃てる銃ともなると、あるのかどうかすら定かではない。

「そんな弾と銃がここに出てきただなんて…。何なのさ」

ここ最近立て続けに現実離れしたことが起こったせいで、キリの脳は大分、非現実的な現実に対して耐性がついたようだった。
冷静になって考えてみるべく、キリもハインリヒの近くに寄って行った。
すると。

「ここにいたのか厄介者。しかも私の銃の弾まで盗みやがって…」

キリでも青年でも、ましてやハインリヒでもないアルトが、上の方、多分事情に開いている穴の淵から聞こえてきた。
「私の銃の弾」と言っているからには、ハインリヒが使用した弾はこの人物のものだろう。ということはこの人物も銃を持っているということなのだろうが…。まさか、この人物が穴の淵からから撃ったとでもいうのか。そんな命中率もそうだが、穴から洞窟の底までは高さ二、三十メートルは超えているようなのだ。そこから撃って体を貫通させる銃の持ち主とは何なのか。
銃の持ち主と思しき人物は吐き捨てるような言葉を残しただけで、あとは何も語らなかった。ここを去ってしまったのだろうか。
何も語ることなく去られたせいで、キリと青年には疑問のみが残ることとなった。

「何、今の…」
「分かりません。ですが、相手が分からないのなら逃げた方がいいです。ここを出ましょう」

青年の言い分はもっともである。
とりあえず危機は去り、ここにも用はないのだから去っても問題はない。

「僕、ここに来る際にこの洞窟の入り口から入ったんですよ。そこを通れば、三十分もかからないで地上に出られます」
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://ti2958.blog.fc2.com/tb.php/132-3431cd79
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

奥貫阿Q

Author:奥貫阿Q
ツイッターで小説更新の宣伝、写真等の掲載も行っております。
(「奥貫阿Q」という名前でやっています。)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (28)
日記 (0)
小説 (80)
小説設定 「Moon King」 (2)
「Moon King」改変後 (109)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR