2017-11

節分小説・「『鬼』と金棒」

こんにちは(或いはこんばんは)!
奥貫阿Qです。

週一で書ききることができず、月曜更新となってしまいました。
最新話を楽しみにしていた方、お待たせしてしまってすみません(汗)

さて。待たせてしまった割には良い出来かどうかは不明ですが、今回はあれです。もうすぐ(というか明日)やってくる「節分」!これがテーマです!
今まで「おいでませ、未年」(2014年最後の記事)と「偽医者と偽ナースと偽イカ―『慣れ』は怖い―」(先週の記事)で、ガンガンコスプレをしている人たちが出てきました。
今ここに上げてみると、

「おいでませ、未年」
キリ…ヒツジ
ミハエル…サンタクロース(ミニスカじゃないやつ)
アイ…ナース

「偽医者と偽ナースと偽イカ―『慣れ』は怖い―」
ミハエル…ナース
アイ…医者(眼鏡なし)

です。
これを見て、「あれ?一人いない…」と思われた方もいらっしゃるかと存じます。
でもご安心ください。今回は彼のオンステージです。
初コスプレ&重大な(?)心の変化がある回となっております。
お楽しみください。
それでは!




「『鬼』と金棒」
(byアヤト)

二月三日。
言わずと知れた「節分」である。
まだまだ寒さが続く日に、めいめいが家で、神社仏閣で、豆を鬼役にぶっつけ、厄を払おうという日だ。カザミの前身である、ニホン国から続く、歴史ある行事だそうだ。
そんな歴史ある行事に、この日の夜、僕はやや変わった形で参加している。

「アヤト。これからいよいよ、君が造った金棒が使われる日だよ。神社の境内回り終えるまで、くれぐれも金棒を地面に落とさないでね」
(はぁ…)

僕は最早、二月の寒さに意識をもってかれていたので、それ以外のことは完全に上の空になっていた。金棒を持つ手も悴(かじか)み、キリさんの言葉に生返事しか返せない。
周りに篝火がたかれているとはいえ、日が暮れて以降の空気は、一層冷たいのだから。

「ねえ、ちゃんと聞いてんの?金棒奉納どころか、今日は節分関係の神事もやらせてもらえることになったんじゃない。しっかり役目を全うしてよね?」
「…」

神事。そうか、これは神事か。
昔からそうらしいが、鬼役はどういう訳か、男がやることが多い。
家庭でも寺などでも、鬼に扮するのは男性だ。鬼の面をかぶり、各地ごとの鬼の装いになって、それから「鬼」として一時活動するのだ。
だから僕に白羽の矢が立ったのだろうか。僕はまだまだ若い上に、この金棒の製作者だ。選ばれる人物としては妥当なのかもしれない。
だが。それにしたって、この神社が言い渡してきた鬼の姿は、いささかやり過ぎな気もする。
奉納を終えて早々、僕は早くも神事の衣装を着るように言い渡されたのだ。

「あっくん、ホントに大丈夫?唇、もう紫じゃん」
(…あなた、今の僕にそれを言いますか…)

腹の底で、強く強くそう思った。
手、足、腹。これら剥き出しの部分に、ここ三日間ずっと容赦もなく吹いている空っ風を受けながら、僕は強く金棒の柄を握った。

(あなたの弟子は今、二月の空っ風の中でパンイチなんですよ!そりゃ顔色悪くなるでしょ!)

そう!パンイチ!所謂(いわゆる)パンツ一丁!
いや、正確には、まとっているのはパンツではなくて、毛が生えたままの皮だけど。しかも上半身にも同様の皮を羽織ったけど。
だけどまあ、今朝の雨が造った水たまりに映る自分は、かなり鬼々しくなっている(こんな日本語ないけど)のは分かる。顔は角が生えた大きな面に覆われているため、尚更だ。
ひどく分かり易い「ザ・鬼」…これが今の僕の有様である。
しかし、何故僕がこんな姿になったのか。
僕がこうなった理由は、うちの師が奉納先の神社に、一杯食わされたせいである。
師の話も元に、これまでの出来事を書き表すとこうだ。

①  師、神社から注文受ける。
②  後日。僕も含めた、神社の宮司との打ち合わせ。だがすぐに僕のみ帰される。
③  師、宮司と「打ち合わせ」と称した酒盛り。さして酒に強くない師は、張らなくてもよい見栄を張り、パカパカと酒をあおる。出された酒は何故か、師が最も悪酔いする日本酒だった。
④  師、案の定悪酔い。介抱されるがてら、何故か「今年の神事に参加してくれる若者がいなくて…」話し出した宮司。何でも「寒空の下で『面+皮一枚+防寒用の皮』をまとい、そのまま金棒担いで、平安貴族も真っ青な広さの境 内を練り歩く」という神事に、皆恐れをなしたのだという。そりゃそうだろう。
⑤  師、その話を聞く。そして「じゃ、うちの弟子にやらせますよ!頑丈だし!」と、酔いのまわった頭で安請け い。そのまま気絶。宮司に送ってもらう。
⑥  翌朝。ソファの上で師、覚醒。神事の内容が細かく記載された説明書きを握りしめていたが、昨日の記憶はほぼロスト。目覚めて言い放った第一声は、「何でこうなったの?」。
⑦  師、昨日のあらましを宮司に確認。宮司に聞いたままの内容を僕に報告。僕、師が⑥で言い放った台詞を、そっくりそのまま師に言い返す。
⑧  現在。

以上。出来事を並べてみる限り、「一杯食わされた」というよりは、「何倍も飲まされた」と書き表すほうが妥当そうだ。…でも、改めて見てみると、我が師が面白いくらいに策に乗せられているのが分かる。
師のあまりのズンドコっぷちに、情けなくて泣きそうだ。
結局師弟同士の話し合いの末、僕は頼まれた事を実行することに決め、その代わりにキリさんは、鬼役の傍で灯りを持って歩く役目をするとこに決まったけれど。

『苦しいです、サンタマリア』

口パクで、キリさんに思っていることを伝えた。

「そんな宮沢賢治の『オツベルと象』みたいなこと言われても…。それに『サンタマリア』て。君、仏教徒じゃなかったっけ?」

僕の故郷がそうだったというだけで、僕自身は無宗教だ。
それに。

『あの象さんよろしく、こちとら騙されてこんな有様になっているんですから』
「…だっけ?」

だっけ?じゃねえだろ。

『そうですよ。打ち合わせの席は外されますし、酔いが醒めたあなたの「喜べ!神社から君に仕事の依頼が来たぞ!もうやること決まってるから!」というぬか喜びさせる言葉にも、してやられた気分です。行事の内容聞くまで、満ちに満ち溢れていた喜びを返せ』

せめてあの「打ち合わせ」の場に残っていれば、意地でもこの行事参加を止めていた。
だって星が瞬く空の下で、素っ裸である筈のワンコよりも寒い思いをして、その上で重いものを担いで練り歩くのだ。
正直辛い。人の目がある分、なお辛い。多分今日の行事のことは地域新聞には載ってしまうだろうし…。

『まったくもう…こんな切ない気持ちになっている僕を、救う神があれば救ってほしいです』

白い溜息と共に、愚痴を冷えた空気の中に吐いた。
だが、この時の僕はすっかり忘れていた。
ここは神のおわします神社である。どんな願いを言うのであれ、神は比較的聞きやすいところから、良くも悪くも僕の思いを聞いてくれるということに。

「あれっ?お前、アヤトか?」
(げっ!)

境内を回り終えるまであと少し、というところで、人混みの間から聞き覚えのある男声が響いてきた。
あの嫌~な声の感じ。ほぼ毎日のように聞いているのだから、聞き間違えるはずはない。
チラッと、人混みに目を向けてみると。

「おーい」

いた。やっぱりアイさんだ。
静々と進んでいく僕らに根が止まったらしく、何故かそのまま横をついてくる。もちろん、神事を妨害されないために張られた綱の向こうからだけど。

「おう。ここでタダ酒配ってるらしいから来たんだが、お前、というかお前らは何してんの?
「…」

僕は沈黙したまま、視線だけをあのオッサン(見た目は若いけど、実年齢はそうでもなさそうだから「オッサン」)に向けた。
神事中は、僕は「アヤト」ではなくて鬼として振舞うよう言われている。
灯りを持つキリさんは小声で僕に話しかけてもいいのだが、僕は声を出してはいけないのだ。

「寒くねえのか?」

ここで聞くのか?僕は答えられないぞ?
そう思いつつ、ダメもとで口パクで状況を説明しようとした。
が、不意に視界の端に、やはりいつも目にする髪の色が映ったので、そのまま口を閉じてしまった。
彼女は、今日は珍しく女性の格好をして、赤いコートを着ている。

「止めとけ。この神事の最中は、鬼役は話しちゃいけないらしい。後で話を聞こう」

アイさんの腕を掴んで立ち止まらせてしまったため、彼女は直ぐに視界から消えてしまった。
残念だ。せっかく綺麗な格好をしているのだから、もっと見ていたかった。

(でも、僕がこんな格好だし。ミカにずっと見られるよりは、早くあの場を通り過ぎて正解なのかな)

しかし何で、今日は珍しく女性の格好だったのか。今までアイさんと一緒にいたのか。アイさんと何か用があるとか言ってなかったよな…。そう思うと、何だかモヤモヤした気分になる。せっかくの神事なのに。
それを行うものとしては、ふさわしくない心持(こころもち)だろう。

「アヤト、もっと両腕上げて。辛いだろうけど、あと少しだから」

キリさんにまでそう言われてしまった。
僕は言われた通りに持ち直すと、仕方なく前を向いた。
その時だった。後ろの方で「バチバチッ!」と、勢いよく炎がはぜる音がした。
何だ?さっきよりも風は弱まっているというのに。

「お前ら前を開けろ!この女がどうなってもいいのか!?」

…え?



足を止め、ゆっくりと音がした方を振り返る。
人混みが完全に開かれたそこには、ミカがいた。ミカと、アイさんではない男が。

「この女が見えるか!?ここの宮司を呼べ!こんなにでかい神社なんだ!金なんていくらでもあるんだろ!?全部よこしやがれ!」

男の屈強な腕には、ミカが囚われていた。当のミカは、「この男うぜぇ」とでも言いたげな顔で腕の中に収まっているが、傍から見ればこれは大変な事件だ。
恐らくこの男は「寺強盗」だろうから。
寺強盗とは、比較的豊かな宗教施設で、何か年中行事があるたびに現れる強盗のことだ。元々はそういう場で、集団でスリをしていた連中だったが、カザミが文化振興を重視し、先の時代から伝わる宗教施設の保護に力を入れ始めた時から、質の悪い強盗へと姿を変えた。
神社仏閣は行事がある際、自警団員が警備に来る。が、年中行事ともなると、どこの神社仏閣、時には教会も何かしらの催しがあり、人手が圧倒的に不足する。その隙を狙って、奴らは人質を取る、施設の一部等を破壊する、ということをし、それを止めることを条件に金を奪うのだ。
今ミカが直面しているのは、まさにそういう連中なのだ。
それなのにどういう訳か、アイさんの姿はない。

「聞いてんのかよ!宮司を呼べ!」

男はとうとうナイフを取りだし、ミカの喉元に近付けた。
一気に騒ぐのは周囲ばかり。ミカは冷め切った眼差しで、ナイフを見ていた。
事件に巻き込まれているというのに、至って冷静である。
無論僕も、あの「ポン引き事件」以来、ミカの強さを信用するようになったため、さほど焦ってはいない。焦ってはいないけど…さっき以上にモヤモヤが強くなったのは感じていた。

「ちょ…あっくんヤバいよ!ミーナが!」
『黙って。まずは様子を見ましょう』

キリさんが真っ先に取り乱してくれたおかげで、上辺だけは冷静を装うことができたけれど。

「おい、宮司は!?」
「来ねえよ。私の相棒が逃がす手配をした」

男の腕の中から、女性にしては低い声が響いてきた。
そう思った途端、男のナイフは宙を舞っていた。
多分、弾き飛ばされたんだ。ミカに。
ミカの第一声から、すっかり静かになったその場に、篝火がはぜるだけが響く。
男のナイフは、物理の教科書に載せても恥ずかしくないような綺麗な放物線を描き、そのまま近くの池へと着水した。
可哀想に。二月の冷気で冷やされた水は、冷たいだろうに。

「今相棒は電話を入れてるところだ。もうすぐ自警団員が来るぞ」

ミカは、コートの中に隠し持っていた手錠を取り出すと、何のためらいもなく男にかける。
あまりにあっけない逮捕劇だった。
…でも、何だか変だ。もう逮捕されたというのに、男の緊張は解けていない。妙に体がこわばっている気がする。
まさか…。

「あ、」
「そいやぁ!」

ミカが「あ、」と呟いたのとほぼ同時に、男はいきなり手錠をしていない方の手を繰り出した。
手に持っていたものが、篝火を受けて輝く。
恐らくスペアのナイフだろう。服の袖辺りに隠していたに違いない。

「油断したなぁ!」

再び優勢になった男は、勝ち誇ったようにミカを見て言う。

「ちょっとアヤト!」

もう小声ではなく大声になったキリさんが、僕の腕を引く。
キリさんはかなり切迫した感じだけど…ミカはどうだ。再びナイフを向けられても、平気そうな顔をしている。
だが、彼女の頬には、うっすらと赤い線が描かれていた。

「来い!お前を人質にとって、身代金要求してやる!金が要るんだよ!」
「…分かった。じゃあもうここを離れればいい」

そう言うとミカは、木ばかりが密集し、まるで大きな影のようになっている方を指差した。

「この神社の裏手に、私の単車がある。それに乗って逃亡したらどうだ」
「…お前の単車の辺りに、誰か待ち伏せしているんだろう」
「それはないな。その単車、今日手に入れたばかりなんだ。私が単車を持っていることは、私意外に知る奴はいない」

確かに、この話が本当か嘘かはさておき、ミカが単車を買ったという話は聞いていない。
この時代、誰かに情報を伝える手段は限られている。自警団員やMK分団員であればトランシーバー、それ以外は、最も早くて電話、遅くて手紙しかない。しかも電話は、公共施設や裕福な家、或いは人が多い市の道端に置かれているだけだ。今日その日にあったことをすぐ伝えるということは、大変難しい世界なのだ。
先の時代の携帯電話やスマートフォンのようなものは無いのだから。

「…ああそうかい」

男はミカの話を信じるようで、一つ頷くと。

「うっ!?」

問答無用で、ミカの腹を殴った。
何でだ。ミカの動きを封じようが封じまいが、彼女はきっと大人しいままだぞ。

「ありがとよ。後は俺が運転して、この場を去ろう」

よろめいた彼女は、そのまま男に抱えられた。
…成る程。この男、中々用心深い質らしい。

「じゃあ、行くか」

男がミカを抱え直した。
その時だ。僕の目の前で信じられないことが起きた。

「ぶふッ!」

悲鳴になっていない悲鳴を上げ、男が地面に倒れたのだ。
そしてその男は、何故か今僕の足元にいる。
一方僕はというと、左腕はミカを抱き込み、右手は金棒を持ったまま、動きを止めている。
金棒の先には、背を押えて呻く男がいるから…これ、僕が金棒で男を打ったのだろうか?

「てめえこの…鬼!」

一瞬間があいたのは、僕を何て呼んだらよいか分からなかったからだろう。
僕と目があったた瞬間、男の目は皿のようになったのだから。
まあ…見た目通り、今の僕は「鬼!」と呼ぶ意外に他はない。僕は未だに、真面目に神事の鬼役をやっているのだ。

「そんな本物でもねえ金棒抱えやがって!人質寄越せ!」

どうやら軽くどついただけだったようで、男の手元にはナイフが転がっていた。
そのナイフを、男が手に触れる直前に粉砕した。もちろん「本物でもねえ」と罵られた金棒で。
本物ではないだろうが、これは僕の処女作だ。工芸士の仕事として認められたもの第一号でもある。素人にケチなんてつけさせねえ。

「いっ!?」

男は驚いたような顔をするが、こちとらまだまだまだ止めるつもりはない。
ナイフの上から金棒をどかし、今度は男の頭すれすれに金棒を振り下ろした。

「いっ、いっ…」

頭の横を金棒が通過したことが怖かったのか、或いは地面がえぐれたのを見て恐怖したのか。とうとう男は攻撃も何もせず、その場で震えるだけになってしまった。

(…ようやく終わりかな)

この場はミカに任せるつもりだったけれど、つい手を出してしまった。
後でたっぷり、ミカに叱られなくちゃならない。

「おい、アヤト」
「?」

早速だろうか。
ミカがより一層低い声で、僕のことを呼ぶ。
もう腹は括れていたので、いかなることも受け入れられる。
僕はミカの方に視線を移した。

「お前さ…」

あ、これヤバい。物凄く怒ってる。
そんな声なのに、見てみればミカの顔に剣呑さはない。
…どういうことだ?

「お前さ…何してんだよ。ここまで仲間をビビらせる奴がいるか」
(…え?)

口に出さない代わりに、僕の目が大きく見開かれた。
よくよく見れば、ミカの目には涙が浮かび、口元には妙に力が入れられ、ぶるぶると震えていた。
まさか…。

『君、もしかして笑ってる?』

口パクでそう問いかけてみると、ミカは「ぷっ」と噴き出したきり、黙り込んでしまった。



「全く…お前らとんだ災難だったなぁ!」

そう言い放って直ぐ、アイさんは「だっはっは!」と大笑いしてしまった。
あの事件の後、ミカとアイさんは男と共に連れて行かれ、僕とキリさんは神事が終わった後に、彼らと神社内にある事務所で合流した。
その時、ようやく彼らに今回の事件の詳細を聞けた。
彼らの話によると、さっきの人質事件は、そもそも事件じゃないという。なんてことはない。ただの「対寺強盗対策」の演習だったのだ。
詳細はこうだ。
この演習は、もちろんミカもアイさんも、団長から聞いていて知っていたことだ。だが、キリさんと僕は、そんな話は一言も訊いていない。
それは何故か。
実は団長から「次の演習の報告がある」と言われたその日、僕らは宮司と打ち合わせをしていたのだ。もちろんこの日は「都合が悪いので休みます」と言っておいたので、休んでも問題なかったが。
その後、報告を聞き終えたミカは、律儀に演習内容を書いたメモを郵便受けに投函してくれた。だが、残念ながら彼女が投函した時間は深夜。この時間は、僕は帰宅したキリさんを介抱するので大忙しだった上、ミカも酷く眠かった。ミカは郵便受けに投函したと思うと、そのまま帰宅してしまった。
だが、この時点で一つ、間違いが生じていたのである。
ミカがメモを投函した場所は、郵便受けじゃなかったのだ。正確には、「郵便受けだけれど、僕らには郵便受けとして使用されてないところ」だった。
その郵便受けは、手紙を入れるところは普通なのだが、壁の向こう側にある手紙がたまる部分は、三日前から壊れて底が抜けていた。そのため、「壊れている郵便受けです。右の箱に郵便物を入れてください」と表記しておいたのだが、黒い郵便受けに赤い文字を直書きしたため、深夜だと暗くて文字が見えなかったらしい。
そんな訳で、メモは誰にも見つかることなく、三日間吹き続けた空っ風によって、あっさりと紛失した。
もちろん、ミカは僕らに演習を知らせたつもりでいたし、団長も「ミカなら大丈夫だろ」と思っていたようなので、僕らは何も知らないままこの日を迎えてしまったのである。
そして、第二の間違いは先程境内で起きていた。
強盗役の人物は、出る場所、出る時間、人質に取る人が伝えられており、参拝者にも「今日、境内の○○で××時に演習がある」と知らせたのだという。
だが、強盗役の人は出る場所を間違えた。
強盗役の人が出るのは、正殿後ろとなっていたはずなのだが、現れたのは正殿前だ。実はその人はこの神社に来るのが初めてだったらしく、神社の正殿前と裏手に、同じ形をした鳥居があるのを知らなかったのだ。そのまま間違った鳥居をくぐり、その人は正殿前に来てしまった。そこでうろうろしていたら、時間を過ぎても現れない男に業を煮やした人質役…つまりミカが来てしまった。その人は「ようやく演習開始か」と、またまた勘違いをし、演習を決行。その後に演習を無断欠席した僕に倒された、という訳だ。

「ちなみに僕らにお声がかからなかったのは…?」
「お前らががここの宮司の仕事を手伝うって話が入ってきたんだよ。キリはあんな性格だし、『今は断りの電話を忘れるほど忙しいんだろう』と、団長に判断されちまったんだ」

暖かい茶をすすりながら、アイさんは言い切った。
ああ。キリさんの日頃の行いと、団長の意識の甘さも、このトンチンカンな出来事を作ることに繋がったのか…。

「つうかさぁ。そろそろお前の師匠、慰めてやれよ。今回のこと、物っ凄い気にしてるみたいだから」
「はい?」
「だから、ほら。あそこだよ。部屋の隅」

アイさんに言われた方を見てみると、そこには明るい部屋の中で、ひときわ暗いオーラを醸し出している女性がいた。
無論、演習の確認を怠った副団長である。

「いいですよ。自業自得ですし」
「あそ。じゃ、こいつは?」
「?」

次にアイさんが示したのは、僕の真横だ。ここに座っている人物は、彼女しかいない。

「私?慰めてくれなくっていい。やっぱり自業自得だからな」

そう、ミカだ。何でも「情報伝達」ということに関しては、ユバナ軍にいた時から気を付ける人だったという。今回、その「情報伝達」をしくじったことが余程応えたんじゃないかと僕も思っていたのだが、意外と動じてなさそうだった。
ちょっと安心かな。

「それに、ここはお前らがいるから落ち着かない。家に帰ってから落ち込むさ」
「…あそ」
「ミカ凄いな…」

訂正。バッチリ動じていました。
傷付いていました、彼女。

「でも、アヤト。今日は本当に悪かった。おかげで仕事も台無しにしてしまったし…」

深々と頭を下げるミカだが、何だか非常に彼女らしくない。
僕は慌てて彼女の頭を上げさせた。

「大丈夫だよ。今回は運が悪かったんだ」
「…いいのか、それで」
「起きてしまったことだしね」

そう。起きてしまったことだから、仕方がないのだ。せめて大した事件じゃなかったこと、誰も怪我人はいないことを喜ぶべきだと思う。

「でも、君にあの恰好を見られたのは、ちょっと…」
「ああ、あの鬼の扮装?様になってたじゃないか」
「ならいいけどさ…」

話しているうちに、少しだけミカの表情が和らいだ気がした。
よかった。気分を持ち直してくれたようだ。

「じゃ、僕はこれで」
「あ?お前用事?」

アイさんがそう訊いてきた。

「はい。宮司さんに会って、最終的な金棒引き渡しの契約書を書いてもらうんです。神事の前にお願いするはずが、すっかり忘れてしまっていました」

それだけ言うと、僕は事務所を出てしまった。
まさか、彼らに知られるわけにはいかない。契約書のくだりが嘘だとは。

「…まさか、あの騒ぎで神事のやり直しをしろだなんて…」

境内で呟いた思いは、聞くだけは聞かれたんだろう。
ただ、その思いを叶えるか叶えないか。良い方悪い方へと導くかは、全て神のさじ加減次第。
僕の場合は、どうも適当に弄ばれて終わったようだった。

「くそお!どうせ今から神事をやり直すんだ!その辛さに見合った幸をくれ!」



(数分後)

「おうミハエル。ちょっとコーヒー買ってきてくんねえ?釣りはやるからよ」
「は?茶があるだろうが」
「俺は元々コーヒー派なんでね。コーヒーが飲みたいの」
「…チッ」

そんなやり取りの後、ミカことミハエルはコーヒーを買いに外へ行ってしまった。
ちょうどアヤトが別の建物内で衣装を身に着けている最中だったため、ミハエルはアヤトに出くわすことなく、そのまま歩いて行ってしまう。

「行ったか…。よお、キリちゃんよ。何だか面白いことになってきたな」
「…ふぁ?」

今だ腑抜けたままのキリは、アイの言葉に大した反応もしなかった。
だが、アイにとっては「取り敢えずキリが聞いているよう」なら、それで十分だった。

「お前のお弟子だよ。電話から戻ってきてみれば、あの有様だ。あン時、面の隙間からあいつの顔が見えたのさ。凄え形相だったぜ、あいつ。…お前の弟子は、また一つ大人になろうとしてんじゃねえの?」
「…」

キリからの返事はない。もとより返事なんて期待してはいなかったが。
アイは卑屈に笑うと、そのままキリから視線を外してしまった。
湯呑に手を伸ばす所を見ると、彼は残った茶を啜りつつ、ミハエルが買ってくるであろうコーヒーを待つつもりらしい。

「…うへ。中々渋いわ。美味いけど」

だが、一口飲んで、また湯呑を置いてしまった。
ごん、と、乱暴に湯呑が置かれた音以外、この空間に音はない。

「…誰かが誰かを好きになるって、自然なことだと思うよ」
「んぶっ!?」

性懲りもなく再び口をつけた時、突然キリが言葉を言った。
茶を吹き出すほど驚いて、アイはキリの方を向く。が、キリは相変わらずボヘッとした顔をしているままだった。
…今の言葉、本当にこの娘が言ったことなのだろうか。

「びっくりさせんな。…でも、そうさなぁ。そう悠長にしてられる話でもないんだけどな。…ミハエルにとっては」

そう言うと、アイは再び茶を啜ろうとする。
が、いくら湯呑を傾けてみても、茶なんて数滴しか口に入ってこなかった。
何故かと思い、湯呑を見てみたら。

「…チッ。さっきのが最後の茶だったのかよ。もう一滴もありゃしねえ」

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