2017-11

「出会負う同盟②」(次回で最終回)

こんにちは(或いはこんばんは)
奥貫阿Qです。

去年の夏に応募した作品が落選してしょんぼりしたり、突然のどしゃ降りのせいで集中してPCの操作ができなくてしょんぼりしたり。
しょんぼりつづきの本日でしたが、「Moon King」シリーズのストックだけはあるのでウキウキして更新できます。
伊達に「GWはただひたすら休む。やるのは小説だけ」と決め込んでたわけじゃあありません。
子供の日どころか母の日もまたがってしまうため、ちょこっと母の日テイストを入れた感じに書いていきました。

とはいっても、今回上げた話は、人攫いの退治にあたる部分を書いたもの。
後に軍人やら猟師やらになる幼子が、知恵を絞ってことにあたっているため、ぶちのめし具合が酷いかも知れません。
その理由ともいえる話は次回に回し、今回は、「ミハエルに見える戦士の片鱗」を確認する、という意味合いで読んでください。

では、そろそろ本編へ。
次回は「ミハエルの昔と今」の差を見て、流れた時の長さを確認していただければ。



「出会負う同盟②」

その次の日のこと。

「めっちゃ暇…」

余程機嫌を損ねてしまったのか、ミハエルは教室に来なかった。
加えて、今日はのこぎりを使った木工を授業の中でやっていたため、キリは外で待機させられていた。
以前、授業で木工をした際、立て続けに三本、のこぎりをダメにした前科があるからである。

「練習、したもん。あの後…」

そのおかげで、祖父には、「目の届く範囲でなら、自由にのこぎりを使ってよし」という許可ももらっている。
なのに何故。

「あーもー!せめてミカエル…ミハイルだっけ?とにかく、ここにいればなぁ!」

とにかく手持無沙汰だった。
授業中に学校の外には出るな、と厳しく言われている上、出てもキッツいお仕置きがあるため、外には出られない。
だが、もう地面に字を書くのも飽きてきている今、一体何をすればいいというのか。

「ちょっとくらいなら、校舎の外に出てもいいかなぁ。じいちゃんの部屋にあった般若心経写すのも飽きたし…」

有難ーいお経を模写した割には、随分ひどい言いようである。
因みにこの般若心経、字の大きさといい、文字数といい、テニスコート一つ分程度の校庭の、ほとんどを埋め尽くしてしまっている。事情を知らない者が見たら、新たなパワースポットとしてもてはやされそうだった。

「よし、行こ!」

さっきまで使っていた木の棒を携え、キリは元気よく校舎を飛び出した。
だが、彼女の反対側。ちょうど校舎の裏手から、強面の男が校舎に向かって歩いてきていた。良からぬ風体の者が近づいてきていることに、キリは気が付かなかった。



それから数分後の、校舎の中。

「…これで、授業は終わりだ。作った作品と、のこぎりの片づけを始めろ」
「はーい…って、先生。校庭のどこにもキリがいない」
「何?」

教師は児童の声を聞き、校庭を見た。
あっという間に見渡せる校庭のどこにも、キリの姿はない。
あるのは、先程キリが書いた般若心経だけである。

「キリ、いないね。お経はあるけど」
「お経なんてどうだっていいんだ。それよりキリ。アイツはどこ行った?」
「さぁ…。あ、先生。校庭に、男の人の靴の跡が」

先程の児童が、校庭の片隅を指差した。
そこには確かに、男物の靴の跡がある。

「本当だ。キリの爺さん、新しい靴買ったのか?」

教師が首を傾げた。
その時だった。

「…うん?」

首筋に、ひやりと当たるものがあった。



ガリガリガリ、ガリガリガリ。
昨日通り抜けた雑木林の中で、キリは、今度は大きく丸を書いていた。
お経と共に持ち出した本を片手に、丸の中に模様を書き入れていく。

「『この紋所が目に入らぬか!』…なーんちゃって!入る訳ないじゃん、こんなデカいもの!」

先の時代の時代劇の定番、某氏の紋を前に、キリはウヒャウヒャと笑い声をあげた。
だが、それもあっという間に止まる。誰も反応を返してくれないのが、寂しかったからだ。

「…誰かー、遊んでー。できればあたしと同い年くらいで、私と同じくらいの体力しかない奴…」
「いいよ。私以外の奴だったら、別に」
「えっ」

不意に、キリの背後から影がのぞいた。
慌てて振り返ってみれば、そこには、今日はもう来ないと思っていた人物がいた。

「あっ!…ええと、天使!ミ…何とかエル」
「…天使の一人の、ドイツ語読み」
「え、何それ。ドイツ語知らない」

ロック発祥の国と般若心経は知っていても、キリはドイツ語については無知だった。
知っているドイツ語といえば「グーテンモルゲン」と「バウムクーヘン」。ドイツと言われて思いつくことといえば、「赤ずきんちゃん」の内容くらいかもしれない。

「…ミハエル」
「あ!そうだそうだ!『カエ』じゃなくて『ハエ』だ!」
「ハエって言うな。天使と真逆のものをさしちゃうだろ」

眉間に皺を寄せ、ムスッとした表情で、ミハエルはキリの方を見ていた。

「よかった。学校来たんだ!来る途中、何か用事でもあったの?」
「うち、学校から凄く遠いから」
「あ、そうか…」

昨日、もしかしたらそんな話を聞いたかもしれない。
忘れてたけど。

「まあいいや。今教室は取り込み中だよ。一緒に遊ぼう」
「嫌だ」
「何でよ。あたし、暇過ぎるからこんなとこにいたんだけど?」
「キリとは遊びたくない。…昨日のことがあるから」
「え~…」

昨日ミハエルの背中から発せられた雰囲気を、そのままを言葉にして出されたような気がした。
だけど、いくら考えても分からないのだ。
何故ミハエルは、女であることを隠そうとするのか。
何故女であることを指摘されると怒るのか。
未成年の女子は、村には自分達二人しかいないのいだ。この理由が分かればキチンと謝れるし、仲良くなれるかもしれない。
父子家庭ならぬ祖父孫家庭で生きているキリにとって、自分のことを相談できる女友達がいることは、今後どれだけ助かるか。
それは、ミハエルだって同じことだと思うのだが。

「…キリが何で私と仲良くしたいのか。何となく分かるよ」

ミハエル自ら、口を開いた。
しかし、彼女の言い分に、キリは正直驚いた。ミハエルが自分の気持ちを分かっていようとは。
やはり、彼女も自分と同じ気持ち…なのかもしれない。成人するまで男として振舞わなければいけないと知ったのだ。加えて、彼女の家はどうも父子家庭っぽい。ミハエルからしても、成人するまで、女として色々困ることがあると思ったのだろう。

「ええ?じゃあ、仲良くしようよ」
「情報共有って意味では、仲良くしてやるよ。でも、本当に心の通う友達にはならない」
「…何でよ」

キリがそう問うと、ミハエルは更に眉間の皺を深くした。
彼女は今、グッと服の裾を握りしめ、字目に足を踏ん張っていた。これから嵐が起きることを察し、踏ん張って耐えようとでもしているかのように。

「…私の性別のこと。あまり触れてほしくないから。同性にも」
「だから、何で?昨日からずっと悩んでるんだけど?」
「悩まなくていい!『そういうもんだ』って程度にしといてよ!」

ビリビリッと鼓膜がしびれるような感覚がして、キリはたじろいた。
嵐に耐えるための姿勢じゃなかった。あれはミハエルの、攻撃のための姿勢だったようだ。
口から空気の塊でも吐きつけられたんじゃないかと錯覚してしまいそうなダメージが、今、キリにある。
よくよく考えてみれば、大砲もどっしりと構えることができる上、でっかい弾を相手に当てることができるんだっけ…。

「やめろって言ってるのに!どうして訊くんだよ!」

少し悲しげに眉を伏せた直後、ミハエルはもう一発大砲をかましてきた。一方的な攻撃が済むと、くるりと踵を返す。
やはり今日は、ミハエルは学校には来ないらしい。

(…何だよう)

訊かれてほしくない事。
触れることすら許されない事。
そんなものが何一つないキリは、訳が分からずムシャクシャしてきた。
そもそも、性別なんて生まれた時から決まっている。どうしても逃げられないものを怖がるなんて、ミハエルは可哀想だ…。
彼女の真意やら気持やら。そういったことは何一つ分からないものの、キリはようやく、ミハエルに対して深く考えるようになってきた。
ヒントは、さっきのミハエルの「怒り」。そして、何となく感じた「悲しみ」。
これと、ミハエルの性別に、何の関わりがあるのだろうか。

「…気が向いたら、学校来る?」
「行かない!」

考えもなくそう訊いたら、三発目の大砲を食らってしまった。
肉体的に散々に打ちのめされたキリは、そのまま校舎へと歩いて行く。
時刻は大体、お昼くらいだろう。もうそろそろ学校へ戻らないと、大目玉を食らいそうな時刻だった。



「…おい、これで学校関係者は全員か?」
「そうだ。さっきからそう言っているだろう」

キリが雑木林から帰ってくる頃、行内ではこのようなやり取りが行われていた。
教室のカーテンは遮光用のまで全て締め切っている。その上、児童も教師も、果ては用務員の仕事をしていたキリの祖父までもが縛られ、教室の中央に集められていた。その周りには、ナイフやら鍬やらを携えた十人組の男が立っている。

「お前達、この学校に何の用なんだ。ここにはこの通り、子供と年寄りくらいしかいない」

キリの祖父がそう言うと、男達の中でも一番大柄な男が笑った。下卑た笑いと、何故か右の耳がないのが特徴的だ。
全員が捕えられるまで、指揮を出していたのはこの男だ。どうやらこの男こそ、この集団のリーダー格らしい。

「だからいいのさ。この学校の近くは、いい塩梅に家が少ない。加えて、教師も用務員も年寄りだ。それなら心置きなく子供を攫えるじゃねえか」
「何!?」

縛られたまま、キリの祖父は目を剥いた。
思わず殴りかかりそうになるが、きつく縛られているため身動きができない。

「お前達、人攫いの連中か!」
「というか、そのお先棒…まあ、バイヤーみたいなものだな。この人数とこの軽装備じゃあ、大々的に活動できなくてな。目下、大きな集団の手伝いをしてるのよ」

集団、というのは、もちろん「人攫い」の集団のことだろう。
それが何故こんな村を狙うのか。過疎が進んでいるという村として有名なのが、このアミ村だ。まず人攫いとは無縁の場所、女の子を男装させているのはあくまで万が一のため。そんな村だと、大人達は考えていたのだが。

「最近二人、白い髪の子供が転入したそうじゃねえの。ユバナでは珍しい髪色だし、儲かるかなーっと思ったのさ。…聞いたことねえか?ユバナの隣、カザミとは真逆の方にある、『ムジカ』って国。あそこは美醜の基準が厳しくてなぁ。身体の色が均一な者でないと、美男美女とは思われねえんだ。つまり、色白の子供は色素の薄い髪や眼を、逆に色黒の子供は色素の濃い髪や眼がなきゃ、それだけでもう醜い。特に、正反対の色の組み合わせの奴…例えば、黒い肌に白い髪とかの組み合わせなんて、もってのほかってわけだ」
「…それが?」

キリの祖父が問うと、リーダー格の男を含む、十人の男全員が、声を出さずに笑った。

「つまり、だ。色白の肌に色素の薄い髪や眼の子供がここにいると聞いたからな?過疎が進むこの村の経済発展のため、その子供らを買いに来たって訳よ。ムジカでは、容姿の美醜がそのまま子どもの人生に響く。美しいと思われれば、その子の一生はムジカ内では安泰なんだよ。ムジカで最も美しいとされる子供の条件は、『白い肌、白い髪、赤い眼』。…どうよ?こんなビンボーな村で過ごさせるよか、需要のあるムジカに養子にやった方が、そいつらのためにもなるだろ?分かったら居場所、教えてくれねえかなぁ?」

キリの祖父の顔を覗き込むようにして、リーダー格の男はそう言った。
が、キリの祖父の表情は硬い。
それは子供を渡したくないと考える大人だから、そのような表情をしているのだと、人攫いの集団は考えていたのだが。

「…ああ?」

キリの祖父から目を離した隙に、見えてしまった。
この老人以外の奴らも、同じ表情をしているということに。全員、人攫いと目を合わせないように、俯いている。

「…悪いが、子供は渡せない」

沈黙を破り、キリの祖父がはっきりと言い切った。

「何故なら、彼らはもうこの村にはいないからだ。彼らは行商の子。もうとっくにこの村を出てしまっている」

その言葉を聞き終えた途端、人攫い連中は凄まじい声でわめいた。
まるで何匹もの野犬が咆えているかのような声に、児童たちは怯え、身を小さくした。

(恐い…ヤバいよ…)

それはもちろん、運よく異変に気付き、壁の隙間越しに教室の様子を窺っていたキリも、例外ではない。
だが、この状況を知る者の中で、自由に動けるのはキリだけだ。
助けを呼ぶべく、彼女は校舎を飛び出した。



同時刻、ミハエルはまだあの雑木林の中にいた。
学校の近くとはいえ、この雑木林は深い。立ち入った者が少ないからこそ、「雑木林」と呼ばれているような気が、ミハエルにはするのだ。この林は奥へ進めば進むほど深くなり、どちらかと言えば「森」に近いくらい木々が生い茂っている。
要は、森に慣れているものであれば、色々時間を過ごせるような場所だ。
この場所に詳しいキリでも、そう簡単には自分のことを探せない場所だと彼女は踏み、キリが流された川に石を放ったりして時を過ごした。
ミハエルは、根はまじめな少女だ。どんなにムシャクシャしても、体調が悪くなっていないのならば学校へ行くつもりでいる。

(まだまだ勉強する年ではないと思うけど)

でも、勉強の予習ができるのならば喜んでしたかった。
ミハエルの家は、実は学校から二十五キロも離れている。本格的に学校が始まったら、勉強に割く間もなく疲れ果ててしまうことになるだろう。
勉強がしたかったら、やはり早め早めに学習すべきなのだ。

(そうでなくても、私が学べるチャンスを掴んだのは奇跡なのだから)

何が何でも勉強し、賢くなってやる。
もはや執念に近い感情を、ミハエルは学業に向けていた。
今はただただ、ムシャクシャし過ぎて頭に勉強が入らなそうだから、こうしてクールダウンしているだけなのだ。

「ふう、満足した。さて…」

そろそろ学校へ行こうかと、川に背を向けた。
その時だった。

「あーっ!いたいた!」

今一番聞きたくない者の声が、ミハエルの鼓膜を揺さぶった。
せっかくクールダウンした熱が、またメラメラと燃え上ってくるのを感じた。

「ミヒャエル!大変だ!学校に変な奴が!」
「『ミハエル』だよ。それに、学校に変な奴って…もちろんキリ以外の誰かだよな?」
「ひどっ!あったりまえじゃん!」

非常事態にも関わらず、キリは漫画のように仰け反った。
だがすぐに「そんな状況じゃない!」ことに気が付き、キリは表情を引き締める。
この頼みばかりは、何度ミハエルの大砲を食らおうとも、怯んだり諦めたりするわけにはいかなかった。

「学校に人攫いのお先棒?らしき人が来たんだよ!リーダーは大柄な男!前にここを旅立ってったラグ兄ちゃんたちを、ムジカって国に売りつけるって!」
「…ちょっと待って。詳しく説明して」



『ガキがいねえって、どういうことだよ!』
『隠し立てするとためになんねえぞ!』
『こんなことで嘘ついてどうする!騙し切れないような嘘をつくなんて馬鹿な真似、儂はできないぞ!』

人攫いに対しても咆えるように叫ぶキリの祖父。その様子を壁に空いた隙間から覗き見て、キリは小さく震え上がった。

「ひええ…。じいちゃんこわっ。でもあんなこと言っちゃあ、逆に人攫いに疑われそうだ…」
「全くだ…。なあ、キリは彼らを、私と一緒に助けたいと?」
「うん」

あまりにも現実離れしたその案に、ミハエルは閉口した。
本来であれば、大人数人がかりでやることを、まだ子供、それもたった二人の子供でやろうというのだから。
人攫い連中からの、人質の救助など。

「普通、大人に頼るだろ」
「無理。この時間帯、大人は何キロか先の畑に行っちゃっててさ。呼びに行ってたら間に合わないよ」

数キロ。就学前の子供の足で走っていける距離では、到底なかった。

「しかも、相手が欲してる人は、ここにはいない。ラグ兄ちゃんもエイミー兄ちゃんも」
「マジか。しかし、何だって彼らだけを狙ってるんだ?要はムジカって国で、綺麗だって認められる奴ならいいんだろ?」
「そうなんだけど、兄ちゃんたちの『白い肌、白い髪、赤い眼』がね、ムジカで一番美しいとされてる容姿なんだって。そんな奴、ほとんどいないじゃない。…ああもう、だからって行商の子供を狙わなくったっていいじゃん。いつまでいるかも分からないのに…」
「…うん?行商?」

キリの言葉に、何か考えが浮かんだのか。ミハエルは暫く顎に手を当て、それが終わるとすぐに、昨日も着ていた、あの物騒な上着に手を突っ込んだ。

「ミハエル、何してんの?」
「ちょっとね…。なあキリ、『白い肌、白い髪、赤い眼』の子供二人を連れた行商だろ?そいつらって、もしかして、玩具(おもちゃ)花火も売ってなかったか?」
「売ってたね~。この村でしこたまこさえていったよ」
「そうか。…で、もしかして、こんなパッケージの玩具花火じゃなかったか?彼らが売ってたのって」

上着から手を引っこ抜くと、彼女の手には、キリの見覚えのあるパッケージが握られていた。
だが、肝心の中身…火薬がない。火薬を包んである外の紙だけがあり、中身は全て取り出されていた。

「この村に来る前に、宿屋で行商人から、ありったけの玩具花火を買ったんだよ。その時私は、『白い肌、白い髪、赤い眼』の子供二人を紹介された」

ミハエルの言葉に、キリはパッケージに釘付けになっていた顔を上げた。
そこには、怒りでも無表情でもない、紛れもなく真剣みを帯びたミハエルの表情があった。

「うちはその玩具花火から、『あるもの』を作った。…それで、もしかしたら、中にいる連中を助け出せるかもしれない」



キリの祖父、そして教師や子供達の話を聞き、人攫い連中はようやく目当ての子供たちがここにいないことを悟った。

「ついてねえな…。おい、どうするよ。元締めには『白い肌、白い髪、赤い眼』の子供がいるって言っちまったぜ?」
「いねえし、行商人の子ならしょうがねえだろ。…だが、手ぶらって訳にはいかねえな。おい。この村でムジカに売れそうなガキは、他にはいねえのか。一番いい条件の奴はダメでも、せめて『白い肌、金髪ないし茶髪、ブラウンの眼』、もしくは『褐色の肌、黒い髪、黒い眼』の奴がいればいいな」

「白い肌、金髪ないし茶髪、ブラウンの眼」。
その条件が当てはまる子供なら、つい昨日来たばかりだ。
それを伝えれば、比較的穏やかに事は済むだろう。少なくとも、ここにいる児童は助かるかもしれない。
だが、それを言ってしまえば、ミハエルの身を犠牲にすることになる。
この場合、どうすれば丸く収まるというのだろうか。
この二者一択に、教師と児童たちが悩み始めた時だった。

「そのような子供は、ここにはいない」

この中で唯一、まだミハエルに会っていないキリの祖父が、返事をしてしまった。
それに血が上ったのか。まるで赤鬼のように顔中を真っ赤にした男が、持っていた薪割り用の斧を振り上げた。
斧に、「カツン」、という硬質な音を響かせて、何かが当たった。
それも、連続して複数個。
それに驚いたのもつかの間。今度はやや重い音を響かせて、斧に何かがぶつかった。
一体どこから…と、視線を巡らしてみれば、微かに見えるものがあった。天井に空いている五センチ程度の穴である。偶然見えたから分かったことだが、そこから何かが降ってきているようだった。
偶然靴にぶつかったそれを手に取ってみると、どうやら硬い粒のようだ。

「何だこりゃ。そして何なんだ。あの穴は」
「先月の末に空いたものです。照明を吊るしていたのですが、腐って穴が。屋根にも偶然、ほぼ同じ位置に穴が開きまして」

そう言うのは教師だった。
だが、人攫い連中にとっては、この穴が何が原因で出来たのかはどうでもよかった。
言う言葉が見つからなかったからそう言っただけで、関心は降ってきた粒にある。
じいっと粒を観察してみても、ただ硬い粒というだけで、それ以外のことは何も分からない。
いっそ匂いでも嗅いでみようかと、リーダー格の男が、粒を鼻の下へと持って行った。
その途端、ふわっと香る火薬のにおいと、鼻先を流れる空気の流れに気が付き、ハッとなった。慌てて粒を鼻から離して、何が起きたのかを確認する。見てみると、どんどん粒は小さくなり、代わりにどんどん粒から煙が生まれている。先程かすめた空気の流れは、この煙によるものだったのだ。
慌てて粒を手放してみるものの、そうこうしているうちに煙が上へと上り、天井を這っていく。瓜の種よりも小さな粒の癖に、一体どれだけ煙を出すつもりなのか。
そう思っていると、同じく床に落ちた同様の粒が、全て煙を出し始めた。
粒の煙は室内全体に行き渡り、わずかに届いていた外からの光も、すっかりかすむ程に煙たくなってしまった。
もう斧に何かが当たる音もしない。これですべて終わりかと思った。
だが。

ババン!ババン!と、今度は銃声に近い音が、足元から響いてきた。
視界もまだ開け切らず、音の原因は分からない。
胆をつぶした男共は、自分達のすぐ脇にある窓に突進した。
この時ほど、遮光カーテンを閉めた自分達を恨めしく思ったことはない。煙とカーテンに遮られ、もう何も見えないのだから。

「うおおお!そこをどけえッ!」

児童や、捕えた大人達も蹴飛ばしたかもしれない。
そんなことにもお構いなしで、男達は窓へと突っ込んでいく。

「うおおおお!…」

だが、窓枠に辿り着いた者から、順に無言になっていく。喋る者がいても、せいぜい悲鳴や呻き声くらいのものだ。
それを訝しく思うものの、一気に突進してしまったため、ガラスを突き破り、もう全員が外に向かって倒れ込んでいく状態にあった。
この流れは、誰にも止められない。

「…あ」

瀑布よろしく流れ出る人攫い連中。その最後尾にいたリーダー格の男が、仲間が無言になった原因を知った。
鉄球である。
どこの誰がやっているのかは分からないが、屋根の下から、まるで木の実のように鉄球が生えていた。そして、鉄球の全てが振り子のように大きくスイングしているのだ。いや、よくよく見ればそれだけじゃない。ただ単に、しかし中々の勢いでもって、屋根の上から地面に向かって落とされているものがある。
スイングする鉄球と、夕立のごとく落ちてくる鉄球。
自分の仲間たちは、これに当たったことで気絶させられたか、もしくは骨折なり打撲を負わせられて、呻いたり悲鳴を上げたりしていたようだ。
これが人攫いをした天罰だというのなら、何て惨い罰なのだろう、と、リーダー格の男は思った。
ぼんやりとそう思っていたからだろうか。身を乗り出しかけていた彼に、スイングした鉄球が真正面からぶつかってきた。
それが分かった時には、もう一ミリ程度しか鉄球との距離が離れていなかったため、当然、避けるなどという器用なことはできない。

「ウウッ、ウウウウーッ!」

男は鼻を押えて、くぐもった悲鳴を上げた。余りのスピードで当たってきたため、鼻が折れてしまったのだ。血が流れ、どうしたって止まりそうにもない。
鼻を押えながら外へと転がり出ると、体に割れたガラスの破片が刺さる。笑えない程の踏んだり蹴ったりである。

「あんたがリーダー?」

不意に、後ろから声を掛けられた。子供っぽい声に振り返ると、そこには誰もいない。
もっとも先程窓ガラスが割れたことで、教室から煙が濛々と出てきている。そのため、相手が屋根に餓えにいた場合、目視で確認などできない状態であったが。

「…ふーん。まだこんなことしてたんだ?前、けしかけられた野犬に、片耳食いちぎられたのに」

「野犬に片耳食いちぎられたのに」。
その言葉に、リーダー格の男は身を震わせた。
確かに男は、以前野犬に片耳を食いちぎられている。その時も、確かこうして人攫いをしようとしていた筈だ。
もう二年前、いつも通りの仕事をしていた時のことだが、男はよく覚えていた。
あの時、血の付いた肉の塊が放り投げられる直前に聞こえた声と、今聞こえる声は同じものだと、すぐに気が付けるほどに!

「うっ…。頼む!もうこれ以上攻撃しないでくれ!」
「しないよ」

恐らく煙の向こうから聞こえてくる声に、男は心底ホッとしていた。
この声の主が、右耳と鼻に加えて、まだ何か奪うつもりなのではないか。それだけが怖かったからだ。
が、次の言葉に、男は目を見開くことになる。

「だって、あとは自警団の仕事だから」

その言葉が聞こえると同時に、勢いよく一つの鉄球が飛んできた。
夕立のような鉄球よりも、やや速度を落として飛んできたそれは、男の額のど真ん中に当たった。
崩れ落ちる男と共に、黒光りする鉄球が地面に転がった。

「…もういいよ。こいつら全員、動けなくなった」

先程男に話しかけていた人物、もとい、ミハエルがキリに呼びかける。
屋根の上から、ミハエルと共に一部始終を見届けていたキリは、コクコクと首を振ることしかできなかった。

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