2017-11

「大原くん」×2話 (その1)

こんにちは(或いはこんばんは)。
奥貫阿Qです。

久々に一週間後の更新ができて嬉しいです。
久々すぎて、新鮮さすら感じてます(汗)

予告通り、「大原くん」の新作をアップしました。
一話目は友人に捧げたものに書き直しを加えたもの。もう一話目は、捧げたものの別展開バージョンです。
(別展開バージョンは、今回は前編のみのアップなので、後半はまた来週に上げる予定です)
お楽しみいただければ幸いですm(₋ ₋)m



【サッカー部員とマネージャー】

○×市立A中学。
この中学には、他の中学ではあまり見かけない部活、「女子サッカー部」がある。
生徒数も確保でき、ジュニアのサッカーチームがあるこの市だからこそ誕生した部活といえるだろう。
 けれども、いくら人数が確保できる部活といえど、人が足りなくなることはあるわけで。
 ましてや、インフルエンザが大流行し、学級閉鎖になるクラスが出てきた以上、練習するための人数すら激減するわけで。
 要は、部活として活動していく以上、最低限の練習だけでもできそうなメンツを揃える必要があるってのが、ここ最近、一番の悩みの種だったらしい。
 「それにしても、なりふり構わな過ぎじゃねえ?」
 先程与えられたユニフォームに目を落とし、「僕」は盛大にため息をついた。

 「ちょっとあんた、面貸してよ」
 遡ること、約30分前。下校のための支度をしてたら、女子サッカー部の部長(注:大女)に呼び止められた。
 「…何?まさか、僕のデスマスクでも作るっての?」
 「あんたがお望みなら、それでもいいけどさぁ」
 チビな僕に対して、態度も図体も大柄(おおへい)なこの女は、やたら偉そうに、自分の部活のことを話し始めた。
 それが、部活のメンツが足りないって話。
 「ふーん。そんで?」
 「あんた、鈍いね」
 あんたチビだし細いし、ウチの部員の練習相手になってよ。ユニフォーム貸すから。
 「………は?」
その間、たっぷり10秒間。地球上の時間が止まったんじゃないかってくらい、全てが静止していたように感じた。
 「はいこれ。あんたのユニフォーム。40分後にはグランドに来ててね」
 じゃ、と、一方的に言うこと言って、立ち去っていく大女。そして、僕の手の中には押し付けられたユニフォーム。
 え、信じらんない。着るの?これ着るの?
 コスモスみてぇなピンク色なんだけど、これ。
 「ええええ…」
 のっしのっしと肩で風を切る大女の後ろ姿に、何も返せる言葉がなかった。
 いや、返せるだけの心的余裕がなかった、というべきか。
 とにかく、僕は一瞬のすきに畳み掛けられて、強制的に女子サッカー部の練習相手に駆り出されることになってしまったのである。

 「うわぁ、ユニフォーム余裕あり過ぎ」
 とにかく、受けちまったもんは受けちまったもんである。
 借りたもんを、取り敢えず着た。
 んで、着たらめっちゃでかかった。サイズが。
 「動きにくそうだなぁ」
 今更言うが、僕は女じゃない。男だ。なのに、このサイズの違いとは何なのか。
 「男女差」って言葉の意味を、いっぺん辞書で調べてみたくなる程の違いを感じる。
 「悲しくなるわぁ…」
 着替えた場所が、無人の教室でよかったと、本気で思う。
 だが、有人の教室で着替えることになったとしても、このサイズである。「実はこれ、男物だから」と言い張っても、全然それで通せそうだけれど。
 「あーあ、やなこと引き受けてしまった気がする…」
 今更だけれども。
 でも、僕が断ったとしても、きっと僕みたく気が弱そうで、見た目も弱そうな奴にお声がかかるのは間違いない。
 遅かれ早かれ、こういう事態になるのは避けられないことだろう。
 そんでもって、本当の本当に弱けりゃ、女子のユニフォームにあーだこーだ言われ、部員にボコにされて仕舞いだ。
 「…」
 うん。結局僕が防波堤になるより、他はない気がする。
 自意識過剰かもしれないけど、多分そうだ。
 「…まぁ、普通にスポーツする機会だと思えば、いいか」
 要は、堂々としていりゃいい話なのである。
 服は服だ。小説とかなんて、いちいち「○○は××を着ている~」なんて書いてなきゃ服を着てるかどうかすら分からないのに、登場人物はみんな堂々としてるじゃないか。
 僕だって堂々としてりゃいいんだ。恥ずかしいけど。
 僕以外、今の女子サッカー部にいるのは、全員女だから、さらし者になること以外考えられないけど。
 そんな重い気持ちを胸に、僕はグラウンドへ急いだ。

 「…」
 「…」
 「…」
 やや遅れてグラウンドに到着すると、女子サッカー部員が全員固まっていた。しかも、視線は全員一直線。揃って同じものを見ていた。
 一体何だ?と思って、彼女らの視線をたどると。
 「…というわけで、みなさん初めまして!お…私が、この部の臨時的コーチ兼マネージャーでっす!どうぞよろしく!」
 でけぇ。声だけじゃなくて、図体も。
 そこにいたのは、一応は女のナリをした……こう…「何か」だ。
 がっつりメイクをしてるものの、声は男だし、身長は2メートル近く(或いは2メートル越え?)あるし、何より、「お…」と言いかけた言葉が気になる。
 多分、十中八九「俺」だ。「俺」って言おうとしたんだ、コイツ。
 男以外の何者でもねーじゃねーか、コイツ。
 ご丁寧にスカートやらツインテールやらで武装してるが、九分九厘男じゃねーか、間違いなく。
 「ややっ!そこにいるのは新人さんだね!怖がらなくてもいいよー!先輩たちみんな優しいから!」
 僕を見つけた「何か」が「ねっ!」と部員共に呼びかけると、みんなコクコクと無言で首を縦に振った。
 あーあ、可哀想に…みんな怯えてるよ。大女まで。
 というか、この「何か」がデカ過ぎて、大女がただの小娘に見えてきたわ。
 「おいでおいで!」
 「…へーい」
 「返事は『ハイ』だよっ!ね!みんな!」
 「「「ハイッ!!」」」
 一糸乱れぬ、素晴らしいお返事が聞こえた。
 流石体育会系。お行儀のいいことで。
 「早速練習するよー!…と言いたいところだけど、残念!今日は5名インフルで休んだ子がいるから、部活はお休み!みんな気を付けて帰ってね!」
 「「「ハイッ!」」」
 「へーい」
 「返事は『ハイ』だよー!あ、洗うもんとかあったら出してから帰るんだよ!」
 御機嫌よう!と「何か」が最後を締めると、大女以下部員全員が「御機嫌よう!!」と返事を返した。
 鸚鵡(おうむ)かよ。
 「あ、新人さんも!来てくれたとこ悪いけど、今日は解散だよ!」
 「へーい」
 「『ハイ』だよっ!」
「…はーい」
 取り敢えず、もう帰っても大丈夫らしかった。
 よかった。これでダボついたユニフォームから解放される。
 「…あ、いけね!ちょっと待って!新人さん!」
 「へ?」

 「…帰っていいって言ってたのに…」
 「ごめんねー!」
 「『ごめんなさい』でしょ。おかげでまだユニフォーム脱げねーし」
 「ごめんなさいねー!」
 自称コーチ兼マネージャーに呼び止められてすぐ、僕は部室に引っ立てられた。
 訊いてみたら、たかが練習相手とはいえど、僕の扱いは「仮入部」になるらしい。
 だから一応、入部届を記入して欲しかったのだとか。
 「あー…。コーチの印がいるっぽいですけど、印あります?」
 「今日はないねー!何せ急に仮入部の話が来たから!」
 後で部長は説教だね!と、やたらデカい声で言うこの男(多分)。
 ああ、部長。余計なことしたばっかりに。
 「てゆーか、いい社会人が認印持ってないとか…」
 「持ってない日もあるってことだよ!大人はそんなに万能じゃない!」
 「はぁ…」
 「それに、お…私、印じゃなくてサインのが主な方だから!」
 だからサインじゃダメ?と、ややトーンを落として訊かれたが、僕が良くても校長とかは良く思わないんじゃないかなぁ、と、正直思った。
 「まぁ…、取り敢えずサイン書いて、ダメだったら上に二本線引いて、印押し直したらどうです?」
 「いいね!そうすっかー!」
 グッドアイデアー!と言いながら、さらさらっと名前を書き始めた。
 すげ。英語だ。筆記体だ。
 「ええと…大原、さん?大原先生?」
 「どちらでもお好きに!てゆーか、何でお、私の名を!?」
 「今書いたじゃないですか」
 「ああ!なるほど!ちなみに、かくいう君は『小野』さん…『小野』ちゃん!?」
 「いいえ。『小野くん』です。残念でした」
 「何で男子が女子の部に!?」
 「成り行きで」
 「成り行きでそうなることもあるんだねー!」
 未だに世間は分からん!
 そう叫ぶと、サイン以降の必要事項らしきものも記入していき、「大原先生」は入部届をクリアファイルに入れた。
 「とりま、これ後で出してみるから!ダメだったらごめんね!」
 「いえ。全然平気です」
 「そっかー!」
 ますます世間が分からん!!と、叫ぶ大原先生を半分くらい無視し、僕は帰り支度を始めた。幸い、今日は洗い物とかの雑用は無さげだし、新人がこれ以上居座る用もないだろう。
 「んじゃ、帰ります。また明日」
 「ん!御機嫌よう!」
 「ごきげんよー」
 取り敢えず、アレだ。よくは分からないけど、悪い人ではないような感じ。
 この人がいる間は、平穏に部活動に参加できるっぽかった。
 やりたくねーけど。

 …と、重いながら教室に戻って、反省する。
 「…しくった…」
 あの大女め。僕をボコれなかった腹いせに、学ラン一式を奪うとは。
 しかもその学ランを、国旗掲揚のポールに掲揚するとは。
 僕の学ランは国旗の代用品ってか。これただの量産型の桜ボタンだけど?掲揚するほど目立つもんじゃねーけど?
 「てゆーか、取れねーし…」
 いや。取れなくするのが目的なんだろうけど。どうやったんだよ。ポールの上の方に学ランの袖とズボンの裾をかた結びするだなんて。
 「これで帰れってか~…」
 全体がコスモスっぽいピンク。ズボンは何かキュロットスカートっぽい、これで。
 練習着って話だけど、こんな、文字通り女々しい恰好じゃ帰れないかもしれない。
 「いや、帰るけどさ…」
  うちの中学は、登下校は必ず制服という、めんどくさい決まりがある。
 だから、制服を奪われた今、正規ルート(正門)からは帰れない。
 家からも遠くなってしまうが、裏門か、もしくは塀を飛び越えて帰るより他はない。
 「通学鞄も、おニューにされてるし…」
 正確には、部活用の鞄になるやつだけど。正規の通学鞄は無事だったが、部活用の鞄とかに使うもう一つの鞄。それが、文化系の部活、及び帰宅部が使用する地味なものじゃなく、体育会系の部活に入る連中が好んで使う、派手なエナメルバッグに代わっていた。
 しかも女子サッカー部のイメージカラー(って、今日悟った)の、コスモスピンクのものを用意するとは、中々天晴である。
 「どうせ、ここまで派手にやれば、明日には学ランも戻るだろ。ならもう帰るっきゃないな…」
 体育会系の部員は遅くまで活動するが、あまりに遅くなり過ぎると、流石にお咎めを食らう。
 無事に帰ってくる予定の学ランのことをいちいち説明する羽目になるし、それを除いたって、今日は大原先生のことでドッと疲れが出たし。いい加減もう、帰って寝てしまいたかった。
 「…帰ろ」
 空しく掲げられた学ランが、パタパタとたなびき始めたところを見ると、どうも風が吹いてきたらしかった。
 雲行きも怪しいし、早く帰らなければ、日没後くらいには降り出してきそうだった。

 「あ」
 「お!」
 …おいおい。勘弁してくれ。
 「ややっ!また会ったね!」
 「…また会っちゃいましたねえ」
 中学を出てしばらく経った頃、近所のスーパーで買い出しをし、出てきたところでまた、大原先生に出会ってしまった。
 「これって運命?」
 「違います」
 たとえ運命だとしたら、人はそれを「悲劇」と呼ぶ。
 「買い出しかい!?」
 「ええ。ちょっと夕飯の材料を」
 「そっか!てっきり夕方の続きで、まだ部員の誰かにちょっかいかけられているのかと!」
 「あ、お気づきでしたか」
 中学から比較的近い、このスーパー。我が家の近辺には買い出しができるところがないため、学校帰りにはよくここを利用させてもらってる。
 自転車通学が許可されているからこそできる、便利な場所だ。
 逆をいえば、このスーパーは我が家からかなり離れたところにあるため、いったん家に帰ってからまたここに、という真似はしない。
 よって、いつもは学ラン、今日にいたってはあのユニフォームで、夕方の特売セールに参戦した。大原先生が、「ちょっかい」の続きだと思ってしまっても、仕方がない。
 「気付くよー!どう考えたって、男子が女子のユニフォームで女子の部活にって珍しいもの!」
 「はぁ」
 「しかも、めっちゃ不服そうな顔してたし!しょっぱなから!」
 「はぁ…」
てゆうか、最初に僕を見たとき気付いてたんなら、何か言って欲しかった。
「ここのスーパーは常連かい!?」
「ええ。お客ともほぼ顔なじみになってきてます。おかげで、このカッコで特売の棚に突っ込んだら、驚いて何人か避けてくれましたよ」
「そっかー!俺…じゃない、私はここに来るの三回目だけど、もう店員に顔覚えられたよ!今日の特売セールに突っ込んだら、十戒みたいに人の波が割れた!」
そりゃそうだろうな、と思う。何せ、二メートル前後のヤツが、あからさまな女装ルックのまんま、突進してくるのだ。この片田舎じゃ、レア中のレアなケースだろう。
しかも、特売の品は限られているから、自ずと必死な形相になる。そんな顔した変なのが突進してくるのだ。怖くて体が勝手に避けても、何も不思議ではない。
「引っ越してきたばかりだから、みんな俺…私に優しいのかも!ここの人達って、気がいいね!」
「ええ。そう思ってた方が幸せかもしれないですね」
しかも、しかも、だ。とうとう自分のことを「俺」って言い出した。「私」と言い直してはいるが、これは、間違いなく男と見ていいだろう。
何で女装しているのかは知らないけど。
「もう帰ってもいいですか?」
「いいよー!俺…私にお気遣いなく!!」
御機嫌よう!と手をブンブン振る男(ほぼ確定)に軽く会釈をして、僕はその場を去った。
だって、いよいよ空模様が怪しくなってきたうえに、さっきからめちゃくちゃ視線が刺さる。
そりゃそうだよな。女装×2って、このへんじゃ絶対に見かけないし。うち一名は、こう…何とも言い難いし。見ちゃうよな。声は絶対かけないけど。
「ママ!巨人だよ!『ジャックと豆の木』!」
「見ちゃいけません!!」
…訂正。声を上げるくらいの猛者はいたらしい。大原先生が調子に乗って、「そうだよー!人間を食いに降りてきたんだぞー!」と叫ぶなり、泣き出してしまうような猛者だけど。

…『ジャックと豆の木』というより、『進撃の○人』の巨人みたいな男(多分)と分かれて、暫くチャリをこいで、こいで、こいで、こぐこと数十分。何とか雨が降り出す前に家の近くまで来れた。
「あー…。今日は洗濯物取り込んで、畳んで、晩飯作って、あとは洗濯して寝るだけかー」
今日は宿題が出ていない。そして、家には誰もいない。
比較的暇な日である。
「我ながら、薄味な毎日だこと…」
逆に濃口な日といえば、家に僕含む家人全員がいて、そこそこ宿題があって、家人の誰かの誕生日があったりすることだったりする。
他の同世代の連中と比べると、やっぱどうにも薄味な日々だ。
今はまだ中学生だからいいが、これで、高校生になって、社会人になって、成人して…と、時を重ねた自分を想像すると、ちょっとだけ怖くなる。
もしかして、この先ずっと、今の日々のコピペみたいなことになってるんじゃないかと。
悪くはないけど、それじゃ気付いたら爺さんになってましたーってことになりそうな気がする。
というか、きっとそうなる。
変化がなさすぎるってのは、一生僕は今のまま、チビで弱くて細いまま変わらないってことのようで、うっすらとした怖さがあるんだ。
「…でも、逆に僕に変化があるとしたら、一体何なんだろう」
自慢じゃないが、僕は能動的な人間じゃあ、断じてない。
だからこそ薄味な毎日でも生きてこれたわけだけど。
そんな僕が変わるとしたら、よっほどの大事件に巻き込まれることのような気がする。
「大事件…」
そんな馬鹿な。そんなことが、起きるわけがない。
ここは平和で静かな、片田舎。たとえ凶悪犯のポスターが貼られてても、平気でスルーできる場所なのだ。
「起こる、わけがない…」
本気の、本気で、そう思う。
因みに、話は変わるが、僕は貧血の気がある。調子が悪かったり、気圧のちょっとした変化で、時々バッタリといく。
この辺は家もそこそこ多いし、今は世間様の帰宅時間帯にかかってきてるから、こんなことで倒れても、全然問題ない。
問題があるとすれば、降り出してきた雨と、干してある洗濯物に対し、何にもできないということだけで。
ぐるんぐるん回る視界と、傾く体に、誰かが手を添えてくれたとしても、そんなことは全然かまわなくていいのに、と思う。
今かまってもらいたいのは、洗濯物だ。あれは余計な手間になる。
「すんません…洗濯物…」
合鍵、鞄の中ですんで…。と、言ったところで、視界がブラックアウトしても、取り敢えず最優先でかまってもらいたい。洗濯物。
「おい。こいつ、洗濯物って言ったぞ」
「馬鹿だろ。スタンガンで気絶させた相手に頼むことかよ」
…こんな一言が聞こえてこなけりゃ、安心して気絶気できたのに…。

「…ああ、洗濯物…」
「おい馬鹿。泣くなよ。せめて自分のことで泣いてくれ」
「そりゃ泣きますよ。あんたがた知ってますか?乾燥機がついてない洗濯機で、冬のくそ寒い中分厚いデニム五着を洗濯しなきゃならない羽目になって、薄曇りの中三日連続干してようやく乾きかけたところに雨でオシャカにされた気持ちが…」
「う…」
「ちなみに、そのデニムには全部、ミートソースの汚れが付いてました。うっかりいつものように漂白剤を使ってしまい、色落ちさせてしました。見るも無残なのに、取り敢えず洗濯機にかけた僕の努力は、今水泡に帰しました。あんたがたが助けてくれなかったせいで…」
「いや…俺ら指名手配中の誘拐犯だし…」
「人に情けはかけられない連中でも、物くらいには情けがかけられるんじゃないかって、期待してたんですよ」
「…そうか」
「…悪かった」
いや、真面目に謝られても、何もかもがおせーわ。
この絶対許せねえ連中の顔と声を知ったのは、三分くらい前のことだ。ざあざあ降る雨の音で目が覚め、ばっと跳ね起きると、目の前にはこいつらの後頭部が見えた。
運転手と助手席の人物は、僕が起きたのに気付いたみたいで、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
そしたら、自分が誘拐犯だというではないか。
「あんたら町内のポスターで知ってましたよ…」
ご本人に会えるとは、思ってもみなかったが。
てゆうか、この道路、高速じゃん。僕今どこに向かってんだ?
そう思い、何となく聞いてみたら。
「あー…、別に洗濯物干さなくても、全然平気なところ?」
「天国ですか?」
「…ある意味そこに、一番近いかな」
僕が散々ねちっこく洗濯物、洗濯物と言い過ぎたからか。目があった時のニヤニヤ笑いは今はなく、申し訳なさそうに…心の底から申し訳なさそうに、助手席の男が言った。
今知ったけど、真面目そうな顔や申し訳なさそうな顔って、モヒカン頭に死ぬほど似合わないんだな。
「…お前もう、ハッキリ言っちまえよ。生きて帰れねーんだぞって」
「いや…。たかが洗濯物よりも自分の命軽く見てるガキみたら、こう…申し訳なさすぎてな…」
何なら別のガキ攫えばよかったな…。と、情けなさそうに、運転手の男が言った。
こめかみに10個くらいピアスつけて、あげくの果てに人攫っといて、何言ってやがる。
何もかもおせーじゃねーか。顔に穴開けんのも、人攫うのも、取り返しがつかないことじゃん。
やってから後悔すんじゃねーよ。ピアスのことは後悔してないっぽいけど。
「…取り敢えず、この高速降りたら、船乗る準備するから…」
「海上で殺すんですか」
「…そんなところだな」
ああ…何で俺ら、よりによってこんなのを…。と、モヒカンとピアスは、揃ってデカい溜息をついた。
「…悪く思うなよ、小僧」
「はあ」
「俺達も生活が懸かってんだ」
「はあ」
「この世に誰かを無理な状況で救える奴なんざ、殆どいないんだ」
「知ってますけど…」
「覚悟決めてくれ」
「決めるも何も…。もう変えようがないですし…」
「そうだな。若気の至りで顔に十個のピアスつけて、モヒカン決めるために頭の両サイドを永久脱毛した俺らと、似てるな」
「これを元の状態に戻せなくて就活して、失敗して、今安月給でこんなことしてる俺らと同じな」
後悔してたのかよ、ピアス。それとモヒカンも…。
しかも永久脱毛って…じゃ、ない。
僕が今突っ込むべきなのは、そこじゃない。
「あの、」
最後に、これだけは言わせてほしかった。
「どこが、同じなんですか」
流石に、これだけは言わせてほしい。
「手術すれば、ピアスの痕は消えるかもしれない。モヒカンだって、植毛なりカツラなりすれば、元に戻るはずです。でも、僕の命は?こんなしょーもない恰好のまま殺される、僕の命は?情けなさすぎるうえに、なくしたら取り返しつかないでしょうが」
そう。今更だが、僕はまだあのコスモスピンクのユニフォームのままだ。この黒歴史決定事項を着たまま死ににいくことになったのに、たかがモヒカンやピアスと同レベルにされるのは、勘弁できない。
しかも。しかも、だ。
今日は大女に捕まってこんな恰好をするはめになったし、洗濯物は無残だし、さらに言えば、変な大男(おそらく)のインパクトが強すぎて、頭の中がめちゃくちゃだ。
そんな日を人生最後の日にさせられそうだっていうのに、たかが修正可能な黒歴史程度と比べられるなんざ!
「僕のこの格好は修正できねーんだぞ!服は脱げても、校内と町内のほぼ全員の網膜に焼き付いて、レーザー治療でも消せねーんだよおおおおおお!」
「うわっ!」
「馬鹿!暴れんなガキ!うわあっ!」
侮辱されたような気がする上に、こんな恰好じゃ死ねねえ!
薄口な僕のどこに、こんな激しい感情が眠ってたんだと思うほどの、凄まじい怒り。
今まで爆発しなかった分、今、この瞬間に大爆発を起こしたようだった。
「うあああああああ!」
もうこの車が事故ろうが、こいつらの安月給だとか、どうでもいい。とにかくこの格好をやめたかった。
でも、悲しいかな。今の僕は縛られ、身動きが取れない状態だ。手が使えないんじゃ、どうしようもできない。
が。
「諦めるもんかあああああ!」
手が使えねえなら、使わなきゃいいじゃない。
どっかの有名な文句に似た言葉が、頭をよぎった。
「ふんっ!」
「う、うわああああ!やりやがったあああ!」
「綱引きのロープくらいの太さがある縄があああああ!!」
なぜかピアスが説明口調だけど、そろそろ喋る時間を惜しむべきだ。
何せ、13年分の恨みつらみ、鬱憤が、今まさに大爆発を起こしかけている。
縄を押し上げて、一気に引きちぎるくらいの力が、全身にみなぎってきている状態なのだから。
「だーーーーッ!」
「「あああああああああああ!!」」
取り敢えず、百発ずつ面を殴ってやる。
そんな勢いで、僕が身を乗り出した時だった。
道路の300メートルくらい先の方で、ガソリンを積んだトラックが何台か横転していた。
ヤバいな。事故起きてるじゃん。こんなとこに突っ込んでったらひとたまりもねーんだろうな。
ぶつかりたくねーよ。
例えこの車がスリップ起こしかけてて、車体が傾きかけてても。
この車のホイール部分と道路がこすれて、火花が出かけてそうな音がし始めてても。
「…あ」
何かガソリンくせえ。
そう思ったとたん、目の前が真っ白に変わってしまっても。

「すっげえ!高速でこんな大事故が起きてる光景って、映画でしかみたことない!」
「大事故って…。被害者はたったの二名ですよ?」
「うん!道路が途中で真っ二つに分断されてるのに、奇跡的な結果だよね!」
その二名もICU送りになったけど!
そうやたらデカい声で叫ぶのは、大原先生だ。未だに女装中の。
もう雨は上がってるが、途中で雨に当たったのか、化け物みたいな顔になってしまってる。
「でも、お手柄だったね!あのICU送りの男二人、何…とまでは言えないけど、国際的な密輸をやってる組織の末端だったんだってさ!うまくいけば、何かしら情報が聞けるかもって!」
「そういう組織の末端なら、きっと使い捨ての捨て駒扱いされてたんじゃないですか?安月給って言ってたし…」
「あ!確かに!」
「それに『何…』ってはぐらかさなくてもいいですよ。わざわざ足が付きにくそうな場所で人を殺す密輸犯なんて、やることに察しが付くじゃないですか」
「何と!最近の中学生は怖いね!」
…いつの間にかこの場に、しかもあの女装姿のままで現れた男(恐らく)に、言われたくない。
「せめて『察しがいい』って言って欲しいです」
「んん!」
頷きはしてくれたけど、分かったのか分かっていないのか。
大原先生は、汗を拭き拭き、事故が起きた現場の方に向かい始めた。
「現場検証の邪魔しちゃダメですよ。そんなずぶ濡れのかっこうで」
「君が事故ったって聞いたから、急いできたんだよー!親御さんは電話に出ないし、担任の先生はインフルでダウンしてるし!」
「あー…」
担任はともかく、今日の我が家のメンバーは、みんな多忙だ。淡白な人達じゃないけど、きっと、今はプライベートの電話もろくに取れないほど、忙しいはず。
「それで大原先生が…どうもご迷惑を」
「君が無事なら万々歳だよー!服は無事じゃなかったっぽいけどー!」
「ははは…」
僕は力なく笑うしかなかった。
そう。僕は図らずして、黒歴史の上塗りを、自らしてしまったのだ。
あの太い縄を引きちぎった際、僕の筋肉が大大大大成長をしてしまったらしく、レディースのユニフォームははズタズタになった。
加えて、ホイールの火がガソリンに引火した際、残っていたコスモスピンクの布をも燃やされた。
辛うじてパンツは残っているものの、どうあがいても恥である。
どうでもいいけど、今の僕の状態が、ICU送りになった連中のいらない余罪に繋がらないことを、多少祈る。
「そういえば、先生。どうやってここまで来たんです?見たところ、警察関係者の車しか見えませんが」
「その警察官系の人に送ってもらったんだー!うちの姉さんと、俺の共通の知り合いが関係者でね!『教え子がヤバい』って言ったら、乗っけてってくれた!」
ほら、あの人!
そう言って大原先生が「Hey!」とやたらいい発音で手を振るのは、ジャケットを羽織った男の人。
取り敢えず、日本の警察の人じゃない。ジャケットにアルファベット三文字書いてあるもん。何とは言わないけど。
「あの…お姉さんのご職業って…」
「ん!ニート!」
「………そうですか」
そういうことに、しておこう。
何せ、今まで怒ることを知らなかった僕の沸点が大爆発し、その大爆発が、高速を両断させるようなことが起きたのだ。
ニートと外国の警察関係者がお友達でも、不思議じゃない。多分。
「…今後は、気を付けます。やたらめったに大爆発しないように」
「ん、たまにはいいんじゃない?溜めすぎて高速ぶった切るよりは、全然マシ!」
「…肝に銘じます」
「ぜひそうして!!」
残念ながら、筋肉はエネルギーを消費するものである。ろくすっぽ運動してないガキの体じゃあ、あの筋肉は維持できず、今じゃあ見るも無残なひょろひょろに逆戻りだ。
でも、今回の一件で、よく分かった。
薄口の人生を送る僕でも、すぐに変われる。いや、変わる。
そうせざるを得ない出来事が、人生のそこここにあるようだから。
だから、次の「変わらなきゃいけない出来事」が来るまで、ひとまず感情のコントロールを学ぶ。あと筋トレ。ビキナーズラックは二度はないから、今度はぜひ、実力で危機を脱したい。
「…取り敢えず、明日からまた部活、よろしくお願いします」
「え!?来るの!?今日で退部かもって思ってたけど!」
「駄目ですか?」
「基本男子は女子の部活に入れないから!今回は例外!」
「じゃ、追い出されるまで通います」
「いいの!?また部長にいじめられるよ!?」
「気にしませんとも」
そこまで言って、僕は一呼吸置いた。
「負けませんので」
どうやら、あの大爆発のせいで、大して出てこなかった僕の感情が、次々と溢れ出てきたらしい。
まずは怒り。次は自信。
どれもこれも勝手に出てくるけど、これをいつか制御…ある程度は管理できるようになったら、僕はどこまでいけるのだろうか。
そう思ったら、やたら嬉しくて、わくわくして、たまらなかった。

因みに、大爆発しなくてもムキムキ…とまではいかないけど細マッチョになり、ある程度、でもごくごく自然に感情が顔に出てくるようになって、「君って表情豊かだよね」と、付き合い始めた彼女に言われるようになるのは、それから約六年後のことだったりする。
もっとも、「彼女」ってのは大女のことじゃねーけど。それよかもっと美人をGETしたけど。

(了)

「余談―先生、あなたは―」

そういえば、今更のことになるが、僕は大原先生のことについて、何も知らない。
声がデカくて背もデカい大男(多分)ってことくらいしか、知らない。
それで困ることはないけど、やたら怪しいにおいがしはじめてるんだよな、この先生は。
…よし。
「…そういえば、大原先生って、書類にはサインが主って言ってましたよね」
「言ったね!」
「サインは英語なんですね」
「そうだね!」
「ご友人は…ええと、警察関係者なんですよね」
「たまたまね!」
「はぁ…。成る程」
はぐらかされてる。多分。
でも、一度失いかけた命だ。もう一度張ってみる。
「…とどのつまり、先生って、何者なんですか?性別すら不詳ですし」
「え!?ここまで喋って、気付かない!?」
信じられん!とでも言いたげな声のトーンと共に、大原先生は、おおいにびっくりした顔をした。
あ。やっぱりただの「先生」じゃないんだ。
「てゆーか、見てわかるでしょ!?私…、いや!俺、男!!」
「…は?」
「『私』ってのは、一応先生だから一人称を直そうとしただけだし、この格好は…うん。何でもないし。でも、声で分からない?男って…」
「はぁ…」
いや。知ってるし。
訊きたいのは、そこじゃないし。
「え…。まだ不満げだけど。信じられない?スカートめくろうか?」
「やめてください」
…いや。今日はもう聞くのは止そう。
一瞬でも大原先生が、現場にいたアルファベットの捜査官の仲間…同僚だと思ってた僕が、馬鹿だったのかも。
「まじでただの男だよー。教員免許持ってるけど。最近まで営業やってて、いまじゃ株で一山あてて、アメリカで起業した会社が、デカいビルになったばっかの、ただの男」
「全然ただの男じゃねえ」
捜査官じゃなかった。ただの教員免許持った実業家だった。
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